もえもえ 発火点

Shyrock作



第21話「もえもえの告白」

「え? 嫌な話? 何だよ、あらたまって?」
「実は……別の人を好きになってしまったの」
「えっ!?」

 俊介は最近もえもえの異変に薄々感づいてはいたが、彼女の口からこうもはっきりと聞かされることになるとは……
 聞きたくない言葉をもえもえから浴びせられた俊介は、突然目の前が真っ暗になり言葉を失ってしまった。

 やっとのことで喉の奥から声を搾りだす俊介。

「嘘だろう……?」

 少し間をおいてもえもえの口から冷酷な追い討ちの言葉が発せられる。

「ほんと」
「……で、それは相手は誰なの? 気になる人がいるって言ってたけど、その人なの?」
「うん……そう……」
「マジで……?」
「うん……」
「そ、そんなぁ……」
「ごめん……」

 語るもえもえの言葉は最小限にまとめられ、状況が把握できない俊介としては納得できるはずがない。

「で、どうしたいって言うの?」
「……」

 もえもえは口を閉ざしている。
 別れの言葉を自分から切り出すのがつらいのか、それとも彼女自身も混乱しているのか。

「もしかして……別れたいの?」
「よくわからない……」
「その人とはすでに付合っているの?」
「付合ってないよ」
「お茶とか食事とかもう何度もしてるんだろう?」
「してないよ」
「それはちょっと変じゃないか?」
「どうして?」
「好きになった人とまだ一度もデートをしてないのに、恋人と別れようとどうしてできるの? そんなの理屈に合わないよ」
「……」

 もえもえは黙り込んでしまった。

「まあいいや、百歩譲ってまだ一度もデートをしてないってことにしておこうか。で、彼と付合っていくって約束をすでにしたわけだね?」
「してないわ」
「それもおかしいのじゃないの? じゃあ、何の約束も彼としてないと言うのなら、もしかしたら僕と別れた後、彼に付合いを断られるかも知れないんだよ。つまり君はひとりぼっちになるってこと」
「うん……そういうことになるね」
「どうも君の話はつじつまが合わないね」
「信じてくれなくていいわよ」
「そう言ってしまうと実も蓋もないじゃないか」
「ごめん……」

 もえもえは相変らず口数が少なく、まるで二択クイズの解答のように『YES』か『NO』で答えるだけであった。
 自分から話の口火を切って来たというのに充分な説明をしようとしない。
 言いにくいことであり口籠るのは理解できるが、俊介としてはやはりきっちりと説明してほしい。

 そんな歯切れの悪いもえもえの言動に対して、俊介は苛立ちと憤りとを覚え始めていた。
 だが俊介は努めて平静を装うとした。
 ここでもえもえを叱っても、余計に沈黙してしまうか、あるいは逆切れすることも考えられるからだ。
 今は感情的にならないで、もえもえの本心を聞き出すことが最善策であると俊介は考えた。

「もえもえはどうして僕が嫌いになったの?」
「別に嫌いになったわけじゃないよ」
「僕が好きだけど、彼も好きになった。つまり、二人が好きだってことか?」
「うん……そうかも……」
「だけど僕よりも彼の方がより好きになったってことかな?」
「うぅん、よくわからない……」

 相変らず歯切れの悪い返事しか返ってこない。
 煮え切らないもえもえの態度に、俊介は今にも爆発しそうな感情を懸命に抑えながらさらにたずねた。

「ちょっと聞いていい? 昨日電話の後、君は出かけるって言ってたけど、本当は彼に会いに行ったんじゃないの?」
「違うよ! あれは友達だよ」

 もえもえは少し感情的になった。

「そうか……」
「じゃあ、あの長電話も……友達だったっていうんだね?」
「そうだよ」

 昨日もえもえが出かけてから帰宅するまでの不可解な時間が、とても重要な鍵を握っているように思われた。

(昨日もえもえの身に何か大きなことが起こったはずだ。でなければ今日突然こんな電話をしてくるはずがない。どう考えても変だ……)

 信じたくはないが、もえもえの身に何かが起こった。
 俊介はもえもえの言葉や態度から、確信に近いものを感じていた。

 昨日出かけた理由はあくまで友人の相談を聞いていやるためだという。
 何度たずねてもきっと答えは変わらないだろう。
 俊介は少し話題を変えてみることにした。

「もえもえ、僕にどんな不満があるの? 正直に言ってくれないか?」
「不満なんかないよ」
「でも彼を好きになったのは何か理由があるはずだ。最初はやっていけると思っていた遠距離恋愛がやっぱり耐えられなかったんじゃないの? 寂しかったんじゃないの?」
「うん……少しはあるかも……でもそれだけじゃないわ……」
「じゃあ、何が原因だと言うんだ」
「やっぱり俊介とは考え方がかなり違うように思うの」
「つまり彼の方が一致するって言うんだね?」
「うん……そうかも」
「……」
「あとね、俊介と話をしてるとき、時々“間”が開くことがあるでしょ? あれって、私と話してて本当に楽しいのかな?って思ってしまうの。以前から少し気になってたの」
「“間”か……。それは確かにあるかも知れないけど、会話のほとんどが電話なので顔を見て話せないわけだし、ある程度は仕方がないように思うんだけど……」
「うん、そうね。でもね、それがあるから俊介と話していてちょっと気をつかってしまうことがあるの」
「ふうむ、なるほど。ほかに理由は?」
「……」
「僕よりず~っとハンサムだとか、歳が若いとか」
「それはあんまり関係ないわ」

 そして、皮肉にも今話題にしている“間”ができてしまった。
 どんよりとした重い空気が流れる。




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