ホラーミステリー官能小説

『 球 ~鏡~ 』

Shyrock 作



 
球(モデル時名 川崎優)



第2話「モデルハウス見学」

「はい、おうちがあまりに凄すぎて声が出ません……」
「驚かれたようですね。無理もございません。元々ある資産家がお建てになられたのですが、相続を受けた方が事業に失敗されてやむを得ず売却されたとお聞きしています。その後、大手不動産会社がその方から買取り、当社がその販売を請負うことになったというのが経緯です」
「へえ、そうなんですか。その人もこんなすてきな邸宅を手放すのは辛かったでしょうねぇ」
「はい、おそらく……」

 ワタルは正面に見える邸宅を眺めながら呆然としている。
 予想を超えた邸宅の豪華さに驚きを隠せない様子であった。
 吉野はまるで魅入られたかのような表情のワタルにささやいた。

「かなり驚ろかれたようですね。さらに住宅内をご覧になられたらもっと驚かれると思いますよ」
「へえ、もっとすごいんですか。楽しみでだな~! じゃあ早速見せてくれますか?」

 吉野の言葉にワタルは小躍りするように、足早に邸宅の門扉へと近づいた。

 門扉の広さだけでも優に四間(約七.三メートル)はあるだろう。
 吉野は格子状の門扉には手を触れないで、門扉の右横にある勝手口の鍵を開けた。
 ギギギときしむ音とともに勝手口の扉が開いた。

「どうぞお入りください」

 球たちは吉野の案内で五色玉砂利を敷き詰めた敷地内を通り、屋敷へと向かった。
 玉砂利は見た目にも高級感があるし、踏みしめると「じゃりじゃり」と音がするため、最近ではホームセキュリティーにも適していると言われている。
 玉砂利の粒の粗さや光沢から考えて、かなりの年月が経っているのだろう。

 球は足元を見つめながらワタルにつぶやいた。

「玉砂利って立派だけど、少し歩きにくいね。ハイヒールとかだと」
「うん、そうだね。オレはローファーやスニーカーだからあんまり気にならないけど、球はヒールの高いのを時々履くものね」

 球たちはまもなく屋敷の正面へと案内された。
 建物をそっと見上げる。
 間近で見るとその威風堂々とした佇まいは、周囲の住宅を圧倒しているといっても過言ではないだろう。
 量産住宅では醸し出すことのできないほどのずっしりとした重厚感に溢れている。
 外観を見ると素材のひとつひとつに拘りが感じられ、施主の邸宅への想いが偲ばれる。

 吉野が玄関前の階段を数段のぼり、玄関扉の前に立った。
 鍵を開ける。引き戸がゆっくりと開いた。

「少しお待ちくださいね」

 吉野は球たちを待たせ、自分だけ先に入っていった。
 パチッとスイッチが入った音がした。
 ブレーカーの主電源が入ったようで、玄関や廊下の明かりが一斉に点灯した。

「お待たせしました。さあ、どうぞお上がりください」

 球たちは土間で靴を脱ぎスリッパに履き替えた。
 土間の広さだけでも優に四畳くらいはあるだろうか。
 口の悪い西洋人は経済成長時代の日本の住宅を見て『ウサギ小屋』と呼んだ。
 現在我が国における住宅の性能は格段に向上したものの、広さにおいてはまだまだ欧米と肩を並べるまでには至っていない。
 そんな狭小という言葉とは無縁ともいえるような邸宅の広さにワタルは度肝を抜かれてしまった。
 球もまったく同様であった。
 二人して別世界にでも迷い込んだような表情で邸宅内をキョロキョロと見回している。
 球は何気に天井を見上げた。

「うわっ、天井がすごく高い~! それにすごくデラックスな照明器具が付いてる~」
「本当だ。天井の高さってどのくらいあるんだろう?」

 吉野はワタルの質問に対して馴れた口調で答えた。

「はい、天井高は4メートルございます」
「へ~! すごい! 普通のマンションだったらそんなにないよね?」
「はい、最近は天井が高くハイサッシになっているマンションもかなり増えてまいりましたが、一般的には、約2.4~2.5メートルです」

 邸宅の中央に長い廊下が真っ直ぐに通り、その左右には四つの扉がある。
 右側の一番手前の扉を開けてみると、そこはリビングルームになっていた。
 デラックスな応接セットが中央に配置されており、正面には少し古びたサイドボードが備え付けられていた。
 調度品はかなり時代を感じさせるものではあったが、いずれも高級な木質素材を使った逸品のように思われた。
 球はワタルの耳元でささやいた。

「ワタル、ちょっと凄すぎると思わない?」
「うん、思う……。だって家具だけでもかなりの値段じゃないかなぁ……」

 邸宅だけでも信じられないくらい廉価だと言うのに、おまけにこれらの高級家具までが備わっているという。
 まるで夢のような話だ。
 こんなチャンスは二度とやってこないだろう。
 いまなお信じ切れないワタルは吉野にたずねてみた。

「もう一度聞きますけど、これってマジでニ千万円ですか?」

 ワタルは興奮のせいか、思わず喉の奥から素っ頓狂な調子の外れた声をあげてしまった。
 ワタルの声があまりにも可笑しかったからか、吉野は思わずクスクスと笑った。

「あっ、どうも失礼しました。嘘偽りなくニ千万円でございます。これほどまでの掘り出し物は当社始まって以来と言っても過言ではございません。これから先もそうそう出てこないと思いますよ」

 吉野は胸を張った。



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