ホラーミステリー官能小説

『 球 ~鏡~ 』

Shyrock 作



 
球(モデル時名 川崎優)



第3話「6LDK+納戸」

 さらに「一番最初にこの物件をご見学されたことがラッキーだったと思います」という言葉を付け加えた。
 球たちを喜ばせるため愛想で言っているわけではなく、吉野自身もこの物件をかなり気に入っている様子であった。
 プロの目から観ても絶対にお買い得ということなのだろう。

「球、この家に決めようよ」
「え~? まだここに来て数分しか経ってないじゃないの。もうちょっと見てからにしようよ。ねえ、吉野さん、時間はまだだいじょうぶでしょね?」
「はい、もちろん結構ですよ。ゆっくりとご検討ください」

 ワタルはかなり気に入ったようで、購入意欲に溢れているようだ。
 だがワタルのあまりにも早急な決断に、球は戸惑うばかりであった。
 なかなか煮え切らない性格と言うのも困りものだが、決断が早過ぎるというのも不安が募る。
 球としても、好条件の逸品であることに異論を唱えるつもりはない。
 だけどもう少し検討を重ねてから決めても決して遅くはないだろう。
 しばらくの間、他の顧客への斡旋を待ってもらうこともできるのではないだろうか。

 ちょうどその時、吉野の携帯が着信を告げた。

「申し訳ございません。ちょっと失礼します」

 吉野が球たちに一言詫びて、球たちから少し離れた。

「はい、吉野です。はい……はい……ええ……そうですか。はい……はい……ええ……はい、分かりました」

 返答の様子からだと、おそらく事務所から別の用件が入ったのだろう。
 吉野は手短に返答をした後、電話を切った。
 そして申し訳なさそうに球たちに頭を下げた。

「お客様、大変申し訳ございませんが、ちょっと急用ができまして、至急、事務所に戻らなければならなくなりました。しかし一時間後には必ず私かもしくは別の担当者がお迎えに上がりますので、その間、住宅をゆっくりとご覧になっていただく訳にはいかないでしょうか」

 ワタルは少し不満そうな表情を浮かべたが、球は笑顔で吉野の申し出に答えた。

「この家はかなり広いので、その間、ゆっくりと見学させてもらいます。私たちのことは気にしないで仕事を済ましてきてください。それから一つだけお願いがあるのですが、私たちが決めるまでは、ほかのお客さんにこの家を紹介するのは待ってもらえませんか。少しの間で構いませんので」
「その点はどうかご安心ください。お客さまがお決めになるまで、ほかの方へのご斡旋はいたしません」
「ありがとうございます。それを聞いて安心しました。私たちも可能な限り早く結論を出したいと思いますので」
「承知いたしました。では、できるだけ早く戻ってまいりますので。どうぞゆっくりとご覧になってください」

 吉野は去り際、球たちに一言添えた。

「あ、それから、冷蔵庫にお飲み物が入っていますので、ご自由にお召し上がりください」
「ありがとうございます! じゃあ、遠慮なくいただきます!」
「球、ちょっと図々しいぞ」
「いえいえ、いいんですよ。どうか遠慮なさらずお召し上がりください」

 吉野は再度球たちに丁重な挨拶をしたあと邸宅を後にした。

「こんな郊外の邸宅に置いてけぼりって、何かやな感じね~」
「よく言うよ。さっきはゆっくりと見学するから気にしないで、なんて言ってたくせに」
「だって、そう言うのが礼儀ってもんでしょう?」
「『俺たちもいっしょに帰ります』なんていうのも何か変だしね。まあ仕方ないか?」
「一時間なんて直ぐに過ぎちゃうよ。さあ、他の部屋も見学しようよ~」
「うん、じゃあ次はどこを見ようかな?」
「たしか二階にも部屋があったね。どんな感じなのかな~? ねえ、ワタル、一階を見たら二階にも行ってみようよ~」
「うん、そうしよう」

 球たちは一階の居室、リビングルーム、それにダイニングキッチン等を見学した後、二階へと向かった。
 一階の中央にエントランスホールがあって、そこから二階へと続く階段がある。
 階段はかなり年季物のようだが、よく磨き込まれていて上質な素材を使っているのが分かる。
 昨年まで大学で機械工学を学んでいた球は、金属素材だけなく木材についても知識があり 少し見るだけで材質の良し悪しが判断できた。

「かなりの年代ものだけど、立派な材料を使っているね」
「へ~、球は建築にも詳しいんだね。さすが勉強家~」
「へへへ、ワタルよりは詳しいかもね」

 古い階段だと「ギイギイ」と軋む音が珍しくないが、この屋敷を建てた当時の大工の腕前がかなり良かったのか、まったく軋みがみられなかった。

 球たちは階段を上がりきった場所に立ち止まり二階を見渡した。

「この家って一体何部屋あるんだろう?」
「吉野さんの話だと居室が一階に三室、リビングルームが一室、ダイニングキッチンが一室、便所が一つ、お風呂が一つ、それから二階に居室が三室って言ってたよ。あと二階には納戸があるらしいよ」
「すげえ! ってことは6LDK+納戸付きってことか~!?」
「そういうことになるね。都心の分譲マンションだと広くても5LDKまでじゃないかしら? それでもすごい価格だよ」
「ふうむ、そう考えると俺たち普通じゃこんな広い家に住める訳ないよなあ」
「そうだね」

 二人は会話を交わしながら二階の廊下を進んだ。
 廊下はすべてフローリングになっており、廊下の端まで続いている。
 廊下の両端には大きな窓があり、採光への配慮も充分になされていた。

「広いのは嬉しいけど掃除が大変そう。ワタルも手伝ってよ」
「えっ、俺も手伝うのか?」
「当たり前じゃないの。私だってまだ学生なんだからさあ」
「はいはい、分かりましたよ~」
「『はい』は1回でいいの」
「はい。でもこの広さだとマジで掃除が大変そうだなあ」
「じゃあ、メイドでも雇う?」
「球、おまえなあ、俺の給料いくらか分かってるのか?」
「冗談よ。メイドさんなんて雇えるわけないじゃないの。それにメイドを雇えたとしても、ワタルが手を出しそうだから絶対にダメ~」
「ちぇっ、何だよ、それ。俺、信用ないなあ」
「信用してないわけじゃないよ。でも魔が差すことってあるからねえ」



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