第3話 「君だって偉いよ。悲しみを越えて生きてきたんだから」 「ううん。そんなことないわ。私は全然強くないもの……」 静香は老木に寄り添い、皺だらけの幹をそっと細い指で撫でながら微笑んだ。 しかし、彼女の微笑の中にどこか悲しみの影が潜んでいるように感じたのはどうしてだろうか。 「小早川くん……」 「なに?」 「あのね?」 「うん、どうしたの?」 「あのぅ……私、実はね……いや、言うのはやっぱりやめておくわ」 「何だよ。そんな中途半端なところでやめられたら、かえって気になってしょうがないよ~」 「そうね。ごめんね。じゃあ言うけど……絶対、笑わないって約束してくれる?」 「うん、笑ったりしないと約束するよ」 僕がうなずくと、静香は少し安堵の色を浮かべ、意を決したように口を開いた。 「……私、本当は、小早川くんのことが好きだったの」 突然の告白に、僕は静香の顔を思わずまじまじと見つめてしまった。 目の前の彼女は、気恥ずかしさを堪えるように、僕の瞳をじっと見つめている。 「同じクラスになった時から、ずっと気になってたの。でも自分から言い出せなくて……。小早川くんに嫌われたらと思うと言い出せなくて……ずっと言わないまま……卒業してしまったの……」 言葉を詰らせながらも、静香は懸命に話す。 ほのかに顔を上気させ、祈るように胸の前で手を組みながら、8年以上暖め続けてきた想いを伝えようとする静香。 僕たちの歳になれば、そんな昔のことなど、笑い話にしてサラッと言ってのけるものなのに。 そして、そんな彼女を、俺は改めて『愛しい』と思った。 今まで記憶の隅っこにしまいこんで、ずっと忘れ去っていたのに。 お互いに言葉が見つからないまま、時が流れて行く。 「私……もう行かなければ……」 午後2時の予鈴が鳴り響いた時、突然、静香が思いつめたような顔で呟いた。 「やっと本当の気持ちを伝えることができて、私、嬉しかった。でも……ここでお別れだわ……」 「さっき来たばかりなのに……みんなももうすぐ集まるし、せめてあと1時間だけでも……」 「そうしたいんだけど……それができないの。ごめんね。みんなによろしく伝えてね」 「お、おい!片桐さんっ!」 足早に去って行く静香の後を僕は追った。 しかし、角を曲がった所で見失ってしまった。
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