第9話(最終回)「脂ののった大トロ」

 静たちはマンションを出ると最寄りのホームセンターへと向かった。
 徒歩で15分ほどらしい。
 
「ホームセンターは何という店?」
「コインズっていうお店なの。知ってる?」
「うん、知ってるよ」
「俊介の近くにもある?」
「いや、近くにはないね。郊外なのでクルマ向きだね」
「ねえ、センサーライトを付けるって言ってたけど、どんなの?」
「下着泥棒がベランダによじ登ったら、照明がパッとつく仕組みなんだ」
「明るくされると下着泥棒はビビるよね?」
「うん、下着泥棒や空き巣は目立ちたくないから、照明がパッとついた家にわざわざ侵入したくないよね」
「でも電気工事が大変なんじゃないの?」
「いや大した手間は要らないんだ。センサーライトにはコンセント式、ソーラー式、乾電池式の3種類あるんだけど、静のマンションは乾電池式が一番よさそうなんだ。工事は簡単なので今日僕が取り付けるよ」
「わあ~、うれしい!」

 チュッ……

 静は背伸びをして俊介のほっぺにキスをした。

「おいおい、道の真ん中で恥ずかしいじゃないか」
「なにを照れてるの、今誰も通ってないから。それにここは名古屋だよ。旅の恥はかき捨てとか言うじゃん」
「むずかしい諺をよく知ってるね。静、すごいね!」
「私をバカだと思ってたでしょう?」
「いやいや、静は利口な子だと思っているよ」
「顔に嘘だって書いてある」
「もう疑り深いんだから」
「ねえ、キスされて嬉しかった?」
「そりゃ不意打ちのキスというのは嬉しいものだよ」
「じゃあ、後で唇に不意打ちのキスして」
「外ではちょっと無理だよ」
「あっ、コインズが見えてきた!」
「えっ? あの大きな大きな看板の店だね」
「うん、あそこ」

 静は俊介の手をぎゅっと握りしめた。
 俊介がはその手を握り返し、指を絡める。
 恋人つなぎで店内に入っていく。

「広いね~」
「うん、かなり広いよ」

 センサーライトは防犯商品だ。
 防犯商品のコーナーを探していると、まもなく『防犯グッズ』の文字が目に入った。

「うわ~、すごい種類があるんだね~」
「電池式のセンサーライトはどこかな? あっ、あそこだ」
「これだけ広くても簡単に見つかったね」
「目的のものをしぼって探すとすぐに見つかるよ」

 レジーに向かう途中、俊介が静にたずねた。

「ほかに要る物はない?」
「う……うん……ひとつだけある……」
「なに?」
「少しいいにくい……」

 静が声をひそめた。
 俊介もすかさず静の耳元でささやく。

「もしかしてバイブやローター? そんなのここには置いてないよ」
「最近肩が凝って……」
「はは~ん、もしかして真面目なハンディマッサージ機をナニに代用するつもりだね? わはははは~」
「もう、違うよぉ……本当に肩が凝っているんだから」

 静は顔を真っ赤にして怒っている。

「じゃあ、健康家電のコーナーへ行こうか」
「は~い!」
「急に返事が明るくなったね」
「アハ」

 ホームセンターコインズでセンサーライトとハンディマッサージ機を購入した静たちは、カフェで少し休憩したあと帰宅の途に着いた。

◇◇◇

「センサーライトの取り付け完了! さあ、静、洗濯物を盗んでみて」
「盗んでみて……って。真似でもしたくないけど、でもやってみるぅ」

 静が洗濯物に手を伸ばすと突然明々と明かりがともった。

「かなり持つと思うけど、たまに電池を取り替えてね」
「うん、分かった。これで安心だよ~。俊介、ありがとう」
「もし、これでも盗まれたら僕に連絡して。それから警察にも連絡するように」
「うん、そうする。もう来ないことを願ってるよ」
「もうだいじょうぶだよ。ところで俊介?」
「なに?」
「今夜もう一泊する?」
「うん、したい」
「わ~い! 嬉しい~! ハンディマッサージ機も試したいし!」
「えっ? 肩か腰をマッサージするの?」
「アハ、それもいいけど、もっと違う場所だよ~」
「どこ?どこどこ?」
「やだ~、そんなこと恥ずかしくて言えないよ~」
「とか何とかいいながら、マッサージ機のパッケージを解いてるじゃないの」
「あはは、うん、ちょっと昼ご飯前に試してみようかな、と思って」
「じゃあ、しっかりと凝っているところをマッサージ機で揉みほぐしてから、寿司屋に行こうか?」
「お寿司食べたい~!」
「俊介?」
「うん?」
「お寿司行く前だけど赤貝食べてみる?」
「赤貝というよりも、静の場合、油ののった大トロってとこだね~!」
「きゃぁ~~~~~!ちょっと待ってよ~~~~~!」



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