第2話

 そして金曜日がやってきた。
 8時30分に車本がクルマで家の近所まで来て、まりあを拾ってくれることになっている。
 静雄は毎朝7時に出勤するので、支度には十分余裕があった。
 多忙な夫を前にしてゴルフに行くことを切り出しにくいまりあであったが、昨晩思い切って静雄に「明日友達とゴルフに行こうと思うんだけど」とやや遠慮気味に伝えたところ、意外にも静雄は「ゆっくり楽しんでおいで。まりあが上手くなったらいっしょに周ろうよ」と言ったので、まりあはほっと安堵の胸をなでおろしたのだった。

 ゴルフバッグを担いだまりあは軽い足取りで、約束の場所へと向かった。
 歩いて7分ほどの交差点だ。
 いくらスポーツとは言っても近所の目というものがある。
 見知らぬ男性が人妻であるまりあを迎えに来ている場面を、もしも目撃されたらつまらない噂になるかも知れない。
 そう考えたまりあはあえて少し離れたところを約束の場所として選んだのだった。

 既に交差点にはシルバーカラーのスカイラインが止まっていた。
 きれいに洗車されたボディーが朝日を浴びてキラキラ輝いている。

「おはようございます」
「おはよう」
「だいぶ待たれましたか?」
「いや、今着いたばかりですよ。おっ、素敵なゴルフウェアですね」
「そうですか?ありがとうございます」
「パステルカラーが好きなんですね?」
「ええ、どちらかと言うと原色よりも淡い色が好きですね」

 市街地では少し交通渋滞に巻き込まれたが、郊外に出ると混み合うことはなく流れはスムーズであった。

「コースを周るのは今日で何回目ですか?」
「まだ2回目なんですよ。前回は素人の女性ばかりで散々でしたわ」
「ほほう、女性だけで周られたのですか。きっと賑やかだったでしょうね」
「はい、そのとおりでした」

 まりあは笑顔で答えた。

「阿部さんは結婚されてどのくらいになるのですか?」
「2年になります」
「じゃあ、まだ新婚ですね~。ラブラブなんでしょう?」
「いいえ、そんなことないんです……」

 車本の意外な質問にまりあは少し戸惑いを見せたが、思ったとおり正直に答えた。
 会ってすぐに個人的なことを聞き過ぎたと感じた車本は、直ぐにまりあに詫びた。

「あっ、ごめんなさい。立ち入ったことを聞いてしまって」
「いいえ、別に構いませんわ」

 9月ももう半ばだと言うのに日中はまだまだ真夏のようだ。
 車本はまりあに尋ねた。

「気温がかなり上がってきましたね。クーラーを強くしましょうか?」
「いいえ、大丈夫ですわ。あ、先生?」
「なんですか?」
「変なこと聞きますけど、ゴルフってどうして18ホールなんですか?」
「ははは~、確かに10とか20じゃなくて中途半端ですよね。12進法や16進法にも当て嵌まらないし」
「ええ、以前からどうしてなのかな?って気になってまして」
「そうなんですか。ゴルフの1ラウンドが18ホールになった経緯は色々な説があるのですが、一番有力な説はとてもユニークなんですよ」
「まあ、どんなお話かしら?」
「ええ、ゴルフの発祥の地はスコットランドのリンクスと言うところなんですがね、ここは海岸沿いで北風が強くてとても寒いところなんです。ある日とある老ゴルファーが、ラウンド中、スコッチウィスキーの瓶をポケットに入れ、ティーインググランドに上がる度に瓶のキャップに注いで飲んでいました。そのウィスキーの1瓶は18回のキャップでなくなりました。ちょうど潮時だし、この辺で上がろうと言うことになり、これがきっかけで18ホールになったと言われています」
「まあ、けっさくですわ。まるで嘘みたいな話ですね~」
「はっはっは~、でもこの話が一番有力なんですよ。でも実際の話、ボトルを1本飲んでしまってゴルフができるのかどうか……?」
「その老ゴルファーは底なしの強さだったのかも知れませんね」
「おそらくそうだったのでしょうね。因みに、ウイスキーの1杯もゴルフの1打も”ワンショット”って言うでしょう?」
「そう言えば、どちらもワンショットっていいますね」
「ウィスキーのワンショットはここから来てるんですよ」
「へ~、そうだったのですか。初めて知りました」
「で、この話、まだ続きがあるんですよ」
「へ~、どのような?」
「その老ゴルファーは、当然、続きの19番ホールには周りませんでしたから、ティーインググランドではなくクラブハウスのバーカウンターでスコッチウィスキーを飲む、というのが彼にとっては19番ホールだったわけですね」
「今、ゴルフ場に19番ホールってあるんですか?」
「予備ホールとしてはありますが、普通は使わないですね」
「そうなんですか」

(キキ~~~ッ)

「あ、着きましたよ」


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