イヴ


ありさ





第3話

 翌朝
 香ばしい香りが漂ってくる。
 イヴは朝のコーヒーをたてながら、少し遅れて起きてきたありさに声を掛けた。

「ありさちゃん、おはよう」
「先輩、おはようございます」
「よく眠れた?」
「はい……よく眠れました……」

 普通ならごく平凡な朝の挨拶なのだろうが、昨夜のことがあるから、少々意味深な会話にも聞こえてくる。
 オレは朝刊を広げていたが、ちらりとありさの表情を窺った。
 かなり眠そうだ。
 寝不足が顔に表れている。
 おそらくオレ達の声が気になって眠れなかったのではないだろうか。
 もしかしたら布団の中で一人悶えて、自分を慰めたかも知れない。
 オレは新聞を読む格好のままで、ありさの一人悶える光景をつい想像してしまっていた。

「あなた、コーヒーが入ったわ」
「うん、直ぐに行くよ」

 ありさは先にテーブルに腰をかけていた。
 テーブルの上にはパンとサラダと、それに煎れたてのコーヒーが乗っている。
 だがオレが席に着くまで、朝食に手をつけようとしない。
 それにオレ達に視線を避けるようにしている。
 イヴは何もなかったかのようにすまし顔で振舞おうとしている。

「ありさちゃん、遠慮しないで召し上がって」
「あ、はい、いただきます」

 ありさはやっとイヴの方をちらりと見た。
 かなり意識をしている。
 初心な娘である事はその仕草を見て一目で分かった。

(もしかしたら、まだ処女かな?いやあ、まさか、それはないだろう。こんな娘を放っておく男はまずいないだろう。だけどまだ経験が少なく純情なことは確かなようだ)

 オレはパンにバターを塗りながら、何気に聞いてみた。

「ありさちゃんって彼氏いるの?」
「えっ……いいえ……」
「まあ、あなた、突然何を聞くかと思ったら。そんなぶしつけに。ありさちゃん、困ってるじゃないの」
「いいんです、先輩。いないのは確かですから」

 ありさは真顔でしかも少し残念そうに答えた。
 きっと事実なのだろう。

 朝食が終わって、まもなくありさが帰っていった。
 イヴがクルマで駅まで送っていったようだ。

 オレはある閃きから、昨夜ありさが寝ていた部屋に行った。
 布団は丁寧に折りたたんで部屋の隅に寄せてあった。
 オレは折りたたんである布団をわざと拡げた。
 そして布団の真ん中辺りを撫でてみた。
 特に湿り気はないようだ。
 仮に濡らしたとしても、数時間も経てば乾いてしまうだろう。
 何だか残念に思いながら、オレはなおも布団をよく調べてみた。
 すると一箇所だけが微かに変色しているのが分かった。
 オレは変態染みた行動とは知りつつ、変色した部分に鼻をあて匂いを嗅いでみた。
 それらしき匂いは当然のことながら残っていなかったが、うら若き女の残り香で頭がクラクラしそうになった。

「ただいま~」

 イヴの帰宅を告げる声に、オレはハッと我を取り戻し、慌てて布団を折りたたんだ。





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