主人公のイヴさんは実在の看護師さんです。ただし物語は架空です

第1話~第5話





イヴ




第1話


「早乙女君、困るんだよなあ。阿久夢会長を怒らせてしまったら。阿久夢会長はね、この病院の70%を出資してくれている人なんだよ。あの人が一声発するだけでこの病院の存続が左右するくらいなんだ。君もそれくらい知っているだろう?だから多少嫌なことをされたからといって、冷淡な態度をとると言うのは困るんだよなあ」
「申し訳ありません。以後気をつけますので・・・」

 早乙女イヴは内科部長の上野に詫びた。

 阿久夢商事はバブルが弾けてから以降であっても低迷することなく、着実に業績を残す1部上場の企業であった。
 特に医療機器部門では大幅に事業を拡大していた。
 阿久夢商事の会長、阿久夢良平は今年68才になる。
 すでに社長の座を長男に譲り自身は会長に就任したとは言え、実権はまだまだ彼が握っていた。
 また彼は並外れた好色家であり、3人の愛人を囲い、それでも飽き足らず好みの女性を見つけては常に色目を使っていた。
 そんな彼も日頃の深酒が祟ったのか、ついに入院してしまった。
 入院先はイヴが勤める聖カルロス病院であった。
 病院側は彼の治療に全力を注いだ。
 それもそのはず、病院の出資者であるばかりか、院長自身も彼が選任した人物であったのだ。
 治療の甲斐あって彼の病状は見る見るうちに回復に向かった。
 元気になるに連れ、持ち前の女癖がムクムクと頭をもたげた。
 検診や巡回に来る看護師にちょっかいを出し始めたのだった。
 体温計を挟もうとする看護師の尻を触ったり、と言うのはまだマシな方で、酷い場合は白衣をまくられパンティにまで手を伸ばすこともしばしばあった。
 病気よりも長い禁欲生活の方が、彼にとっては苦痛であったのだ。

 内科病棟に勤務するイヴ(24才)も担当の看護師の1人であった。
 阿久夢は数多くの看護師の中でも、美貌に掛けては群を抜く早乙女イヴに当然目を付けていた。
 切れ長の瞳が涼しげで、鼻筋が通り、スタイルもモデル並みであった。
 彼女を称して“小股の切れ上がったいい女”と掛かり付けの担当医にも漏らすほどの気に入りようであった。
 阿久夢はイヴが部屋を訪れる度に、他の看護師にするようにイヴに触れようとしたが、イヴは阿久夢との接触は出来るだけ事務的に済ませ、頑なに彼の誘惑を拒み続けていた。



第2話


 阿久夢の入院後、上野は内科所属の看護師を全員集め、

「このたび、阿久夢会長が当院へ入院してこられた。病名は胃潰瘍だ。皆も知ってのとおり会長は当院のオーナーであり日頃大変お世話になっている方だ。早期完治に向けて全力を注ぐことは当然のことだが、言動には失礼の無いように充分注意をしてもらいたい」

 等とわざわざ朝礼を行った。
 その甲斐あって、ほとんどの看護師は上野の言葉どおり、会長の勝手気ままなふるまいはぐっと我慢した。ただしイヴを除いては。

 阿久夢は大した用事もないのに頻繁にナースコールをした。

「ああ、私だ。ちょっと来てくれんかね。おお、そうそう、早乙女くんに来てもらってくれ」

 入院当初は誰彼なしに看護師を呼びつけたが、イヴを見初めてからというもの露骨に彼女を指名するようになった。
 阿久夢のイヴに寄せる好意を他の看護師も敏感に察知し、次第に彼の部屋へ脚を向けなくなった。
 阿久夢からナースコールがあるだけで、「早乙女さん、会長がお呼びよ」という始末。
 これにはイヴも閉口した。
 粗暴でセクハラな会長自身を好きになれなかったし、会長が自分ばかりを指名することで他の看護師たちから特別視されることがとても嫌だった。

 イヴは悩んだ。そして鬱な気分がつい態度に出てしまった。
 阿久夢がイヴに何を語りかけようとも、事務的な言葉しか返さなかった。
 また、とっさに阿久夢が尻に触ろうとすると、阿久夢の手をぴしゃりと払い除けた。
 それでも阿久夢は怒ることなく執拗にイヴにまとわりついてきた。


 ある日、阿久夢はイヴに対して信じられないようなことをささやいた。

「あんたはいつ見てもきれいじゃのう。どうじゃ?私の愛人になってくれたら、豪華なマンションを1室買って、毎月100万円の小遣いをあげるが。考えてみんか?決して悪い条件ではないと思うがのう」

 そう言いながらイヴの手を握ろうとしたが、イヴはその手をピシャリと払い除け、毅然たる態度で、

「お断わりします」と一言残して病室を出ていった。


 イヴは心の中でつぶやいた。
(冗談じゃないわ。いくらお金を積まれてもあんな嫌らしい会長の愛人になんかなりたくないわ)
 それにイヴには来年結婚しようという彼氏がいたから尚更であった。
 阿久夢から告げられた件は一切彼氏には漏らさなかった。
 イヴは彼氏に余計な心配を掛けたくなかった。

 そんなイヴを、あわよくば自分のものにしたいと願うもう一人の男がいた。
 それは上野部長であった。
 彼の真面目な仕事ぶりからは伺い知れなかったが、内には異常な一面を秘めていた。



第3話


 イヴが使用したボールペンを直後に触れてみたり、彼女が書いた書類を必要も無いのにコピーしてみたり、また彼女がクリーニングに出すために投入した白衣の臭いを嗅いだりと、数々の奇怪な行動をとっていた。
 またイヴの休憩中には彼女が携帯しているところを、ドアの影からこっそりと覗き見していることもしばしばあった。そのため、上野はイヴに恋人がいることも知り、彼はひとり嫉妬に燃え狂い悶々とするのであった。

 ある日、ナースコールが鳴り響いた。
 またもや阿久夢からであった。

「早乙女さん、阿久夢会長からよ」

 受話器をとった看護師は当然のごとくイヴに伝えた。
 イヴは阿久夢が入院している510号室へと向かった。

 阿久夢は腹を押さえ便秘を訴えた。浣腸をして欲しいという。
 嫌だが患者からの願い出を拒むわけには行かない。
 個室なのでイヴはその場で浣腸を行い、数分後に部屋内のトイレに行くよう阿久夢に伝えたあと部屋を出ていった。
 浣腸はやむを得ないとして、普段は大した用事も無いのに繰り返しナースコールする阿久夢に対して日増しに苛立ちが募り始めていた。
 相手のことをよく思っていないと、つい言葉づかいも事務的になってしまう。

 阿久夢はそんなイヴの態度を不満に感じ、ある日、上野を呼びつけた。

「上野部長、君は看護師に対しどんな教育をしとるんかね。この部屋担当の早乙女という看護師の態度はまるでなっとらんじゃないか。看護師の不心得はその上司である部長の責任だ。上野部長、このままでは君を降格するしかないね」
「か、会長、それだけは、それだけはご勘弁ください!お願いです!看護師を厳重に注意し是正させますので、どうかお許しください!」
「注意?この前も君は同じ事を言ったじゃないか!今日で2度目だよ。あの早乙女という看護師は失礼極まりない!先程、私が腹痛を訴えた時の浣腸の仕方は何だね。全然便秘が治っていないじゃないか!今回だけはもう我慢がならない!」

 上野は顔面蒼白になり狼狽するばかりであった。
 金時のように真赤になって怒る阿久夢とまるで対照的であった。

 上野は何度も頭を下げただひたすら謝罪した。

「申し訳ございません。お腹立ちはごもっともですがどうかご容赦ください。彼女へは私からよく言い聞かせますので、ここは何とぞ穏便に」
「穏便に?ほほう、それではこうしようじゃないか。部長があの早乙女看護師に注意をする時私も同席する。それと・・・ふっふっふっ、ちょっと耳を貸してくれ・・・」

 阿久夢は薄笑いを浮かべながら小声で上野に耳打ちをした。

「早乙女看護師は浣腸がとても下手なんじゃよ。この前も浣腸のあとすっきりしないばかりか腹がずっと痛んで大変だったんだよ」
「え?そんなことがあったんですか」



第4話


「まったくあの早乙女看護師はなっとらん。浣腸とはどういうものか、もう一度、しっかりと基本から教えてやってくれ。その方が本人のためにもなるのだから」
「はい、今後よく教育したいと思います」
「そんな生ぬるい事でどうするんだ」
「はぁ?」
「今後などと悠長なことを言ってていいのかね?事故はいつ起きるか分からない。事故が起きてからでは手遅れなんだよ。病院の信用が掛かっているんだよ。直ぐに対処しなさい」
「はい、そのようにします」
「上野部長、口頭で教えるだけではだめだよ。どのように浣腸するのが患者にとってベストなのかを己の身を持って体験させてあげなさい」
「ええっ!?もしかして、人形を使って説明するのではなくて、早乙女君自身に浣腸するのですか?」
「当然じゃよ。看護師が看護実習を受けることなど別に珍しいことでもないだろう?」
「確かに看護実習そのものは別に珍しくはありませんが、ふつう看護学生であっても浣腸の看護実習はやりません。看護学生のうちはマネキン人形を使って手順を教えるだけなんですよ」
「一般的にはそうかも知れないが、彼女は看護学生ではなく現役の看護師だよ。毎日のように患者に接している訳で直ぐに実践しなければならない。つまり悠長なことは言ってられないんだよ。それに机上の学問よりも実践が最も手っ取り早い学習方法なんじゃよ、分かったかね」
「はい、私の考えが浅はかでした。早速指導をしたいとは思いますが、看護師相手に浣腸の実践となると、時間や場所がなかなか難しいので・・・」
「ばかもん!何も破廉恥なことをする訳ではないんだよ!あくまで医療行為を伝授するだけではないか。何をそんなに神経を使ってるんだね」
「確かにそのとおりではありますが・・・」
「君は案外気が小さいね。いいか、上野部長。早乙女看護師をうまく説得して他の医師や看護師が来ない部屋に誘導するのだ。私もそこへ行くから」
「え?会長も立会われるのですか?」

 阿久夢は上野の耳元でひそひそと囁いた。

「え?会長は早乙女看護師のことをそこまで・・・?へえ、そうだったんですか」
「名目が看護師の育成のためとは言っても、君には些か厄介なことを頼んでしまったね。君にはあとからちゃんと礼をさせてもらうつもりだ」
「いえいえ、そんなお気遣いは」

 阿久夢の申し出に上野は内心ほくそ笑んだが、形ばかりに謙虚さをつくろった。

「そればかりではないよ。もし早乙女看護師を私のものにできたら、君を副院長に推薦してやっても構わんよ」
「えっ!副院長ですか!?」

 上野は驚きを隠しきれなかった。
 謝礼はともかく副院長の座が転がり込んでくるとは願ってもないことだ。
 いや、それだけではない。あの早乙女看護師に自らの手で浣腸ができるのだ。
 日頃から変態染みた性癖を持つ上野であったから、そんな場面を想像するだけで激しく興奮した。

  (うわぁ~、あの早乙女イヴに浣腸ができるとは何とラッキーなことだろう。いや、ちょっと待てよ、もしかして浣腸よりもっと凄いことも・・・)

 上野はさらに想像を膨らませ、思わず頬が緩んでしまった。

「会長。喜んで協力させていただきます」
「そうか。よしよし」
「ただ・・・」
「ん?」
「ただ、私も医師としての生命が掛かっていますので、その辺はご留意ください」
「そんなことは言わなくても分かっているよ。いざとなれば私が何とかするから安心しなさい」
「会長がそこまで言ってくださるなら全く心配はありません。ははははは」
「じゃあ、頼むよ」
「はい、早速に」


 それから2日後のことだった。
 上野はイヴを呼びつけた。
 しかし阿久夢会長からの指摘については一切触れなかった。

「早乙女君、今日の勤務は17時までだったね。時間外になって悪いんだけどそのあと20~30分ほど時間をくれないかね?ちょっと説明をしたいことがあるので」
「はい、分かりました。あ、でも、説明ってどんなことなんでしょうか?」
「うん、それはあとで言うよ。今から検査が控えているので。それじゃ、頼むね」 「はい、部長。承知しました」

 イヴは首を捻った。上野はいったい何の説明をすると言うのだろうか。
 新しい治療方法とか医療制度のことだろうか。でも、それなら看護師を全員集めてするはずだし・・・
 そんなことを考えていると、看護師長から点滴の準備を頼まれイヴはすぐに気持ちを切り替えその準備に取り掛かった。

 午後5時になった。
 上野はイヴに言った。

「早乙女君、じゃあ、僕に着いてきてくれ」
「はい」

 廊下に出たイヴは先を行く上野の後を着いていった。
 エレベーターに乗ると、上野は「B」と表示した赤いボタンを押した。

「え?地下・・ですか?」



第5話


「うん、新しい医療機器が入ったもので、その扱い方を説明しようと思ってね」
「新しい医療機器が入ったのですか?他の看護師さんたちは呼ばなくてもいいのですか?」
「いや、実は、予定していた日よりも機器が早く入ってね、急きょ取扱い説明をすることになったんだ。で、皆にはすでに終わったんだけど、その日非番だった君にはまだしていなかったもので。急にすまないね。今日約束とか大丈夫?」
「はい・・・大丈夫です・・・」

 と返事はしたもののそれは偽りであった。実はその夜イヴは午後7時に彼氏と会う約束をしていた。しかし医療機器の取扱い説明であれば短時間で終わるだろうと考え、彼氏に電話をすることはしなかった。

 エレベーターを地下で下りて、上野の後に従い別館への渡り廊下を歩いた。
 イヴはこの病院に勤務して3年になるが、地下の通路を通って別館へ行くのは初めてであった。
 少し不安になってきたイヴは上野に尋ねた。

「部長、まだ遠いのですか?」
「ああ、早乙女君は初めてかも知れないね。一番奥の部屋なんだよ。医療機器や研究材料の保管に使われているぐらいで、通常看護師が行くことは比較的少ない部屋だね」
「へぇ、そうなんですか」

 ようやく廊下の突き当りまで到着して、上野は右側の扉の前に立ち止まった。
  鍵穴に鍵を差し込む。

(ギギギ~ッ・・・)

 ドアが開いた。
 上野が先に入って、電気のスイッチを点けた。
 イヴも上野の後に続いた。

 室内はまるで倉庫のような感じで、数多くの段ボール箱が積み上げられていた。
 薬品は薬剤師が独自で厳重に管理しているため、ここにあるのはそれ以外の医療機器や材料ばかりなのであろう。

 物珍しさもありイヴが室内を見廻していると、突然、イヴの背後から黒い影が襲って来た。

「きゃぁ~~~~~!!」
「騒ぐな!」

 何者かがイヴの口をハンカチで押さえつけてきた。

「うぐぐぐ、うぐっぐっぐ~!」

 息苦しさから必死にもがくイヴ。
 大声を出そうとしても口を押さえられていて叶わない。
 まもなくハンカチに染み込ませていたエーテル(吸入麻酔薬の一種)の効果が現れ、イヴの意識は遠ざかって行った。
 イヴは崩れるように床に倒れ込んでしまった。


 それからどれだけの時間が経ったのだろうか。
 イヴが目を覚ます直前に耳に飛び込んできたのは、男の笑い声であった。
 頭が痛い。
 それに両腕が何かで締め付けられているのかとても窮屈だ。
 イヴはゆっくりと目を覚ましていった。

 目覚めた直後、今自分が置かれている状況がよく飲み込めなかったが、両手が縛られ天井から吊り下げられていることに唖然とするばかりであった。
 しかしまだ視界がぼやけて辺りがよく見えない。
 ぼんやりと見える視野の中にふたりの男がいることが分かった。
 こちらを見て何やら囁いているようである。
 彼らが何をしようとしているのか、自分がなぜ縛られているのか、まだ頭が混乱してよく分からなかった。
 ただ今置かれている状況が決して良いとは言えないことだけは直感的に感じられた。

(これは悪い夢を見てるんだわ・・・)

 イヴはそう信じたかった。
 だが少し前に何者かにハンカチで口を押さえられ意識が遠退いて行ったことを思い出した。

(いや、夢なんかじゃないわ。私、あの後どうなったのかしら?)

 今こうして拘束されているのは夢ではなく現実なんだ、と考えているうちに背筋が寒くなるような恐怖感がイヴを襲った。


 何者かがポツリとつぶやいた。
 それは聞き覚えのある男性の声であった。
 しかもつい先程聞いた声・・・

(・・・!?)

「早乙女君、よく眠っていたね。やっとお目覚めだね。君が起きるのを首を長くして待っていたよ。ははは~」



6


イヴ














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