第3話「判決の刻」

 マッターホルンの頂を彷彿とさせる鋭い座面が肉裂に食い込み容赦なく苦痛を与える。
 後手に縛られているため、手を使って和らげる体勢をとることもできない。
 負担がすべて股間に掛かるため、その苦しみは想像を絶するものがある。
 秘所に激痛が走る。
 イヴの美しい顔が苦悶に歪み、身体中から滝のような脂汗が噴き出す。

「ふっふっふ、つらいか?魔女だと正直に白状しろ。このままだと股が裂けてしまうぞ」

 ギャバン軍務大臣は冷酷な微笑を浮かべ、イヴの顎を摘まみ上げた。

「う……うう……うう……私は神に仕える神官だ。断じて魔女ではない……」
「神に仕えると言うなら今すぐに神を召喚してみろ」
「それは……」
「ふふふ、できないだろう。おまえは魔女なのだから当然神を召喚できまい」
「神を召喚するなどたとえ如何な国の司祭にもできぬわ!」
「むむむ、ほざけ!どうしても白状しないならつもりならずっとそのまま座ってろ!そのうち音を上げるだろう」
「ううぐっ……」

 時間の経過とともに自身の体重が股間に掛かり、苦痛が増していく。
 薄っすらと血さえ滲んでいる。
 イヴは苦悶の表情を浮かべてはいたが、それでも音を上げようとはしなかった。
 しかし肉体的に限界に差し掛かっていたようで、イヴはとうとう三角木馬の上で気を失ってしまった。

 故郷ミュール国の美しい風景……一瞬ぼんやりと夢を見たようだが、すぐ顔に水をかけられて起こされてしまった。
 木馬から下ろされた後も、幾多の拷問がイヴを待ち受けていた。
 水責め等の肉体的拷問よりも、イヴを苦しめたのは秘所を剃毛されたうえ屈強な兵士十人と交わらなければならない輪姦地獄であった。
 それでもイヴはただひたすらに魔女の容疑を否定し続け決して屈することはなかった。
 イヴの恐るべき精神力に男たちは舌を巻いてしまった。

 ギャバン軍務大臣は焦った。
 魔女裁判が明日に迫っている。
 明日までにイヴから魔女の印を発見するか、魔女だということを自白させなければならない。
 国内の魔女容疑者であれば強引に罪状をねつ造すれば良いのだが、相手が国交のあるミュール王国の神官だけに迂闊なことは避けなければならない。
 きっちりと理論武装ができなければ、無罪もしくは有罪になったとしても罪が軽減されるであろう。

 そしてついに決定的証拠がないまま裁判当日を迎えた。
 ギャバン軍務大臣は、イヴについて「我が国を滅ぼすために現れた魔女であり、早急に火あぶりの刑に処すべきである。彼女の挙動が極めて不審であることが何よりの証拠である」と主張した。
 一方、国務大臣ミシェールは、「イヴ殿は国王陛下あての親書を届けるためにミュール国から訪れた友好の使者である。その親書は現在陛下の元にある。魔女呼ばわりするのは無礼であり、すぐに釈放すべきである」と強く主張し、イヴの弁護に廻った。

 三時間にも及ぶ審理の結果、ついに判決の時を迎えた。
 裁判官は多くの傍聴者の見守る中、厳かに判決を述べた。

「被告人を『桃晒しの刑』に処する」

 法廷内がざわついた。

「え?死刑じゃないのか?」
「なに?桃晒しの刑?そんな刑は聞いたことが無いぞ」
「なんだそれは?魔女はすぐに火刑にしろ!」

 魔女裁判では、稀に無罪はあるものの、ほとんどが有罪であり『死刑(火刑)』が一般的だったので、傍聴者が驚いたのも無理はなかった。
 有罪が確定したことで、無罪を主張していたミシェール国務大臣の顔は曇り、逆にギャバン軍務大臣は気色満面の笑みを浮かべた。

「静粛に」

 裁判官の一声で法廷は再び静けさを取り戻した。

「被告人が魔女であるという疑念を拭うことはできないが、されど魔女の印も見つからずいまだ自白も無いため決定的証拠に乏しい。よってその審判を神に委ねることとし被告人を『桃晒しの刑』に処するものとする」

 裁判官は言葉を続けた。

「『桃晒しの刑』とは、城内一階回廊の壁に円形の穴を設け、受刑者の臀部を埋没させ三日間放置する罰である。その間、一階回廊を通行する者が受刑者に対しいかなる行為に及んだとしても、それはすべて神の思し召しによるものである。性交や悪戯を行なう者が現れるやも知れぬし、運が悪ければ槍等で貫かれ絶命するかも知れない。あるいは運が良ければ無事三日間が過ぎるかも知れぬ。生か死か……それは神のみぞ知る。
 また、ギャバン軍務大臣、ミシェール国務大臣及びその配下の者達は期間中に受刑者に接近することはまかりならぬ。もしも違反した場合は、刑執行の妨害者と見なし身分剥奪に処することとなるので注意するように。
 なお、受刑者の求めがあれば看守は水を与えるものとする。さらに受刑者が排尿等で周囲を汚した場合、清掃担当は速やかに清掃を行い、受刑者の身体を清潔に保つよう心がけなければならない。
 刑は二日後の午前七時より執り行うものとし、受刑者が三日間生存したる場合放免するものとする。以上……」

 奇想天外な罪状に法廷内がどよめいた。
 昔から『桃晒しの刑』という刑罰は存在したが、執行は五十年前に遡る。
 因みに城の一階は役所があるため、市民の出入りも可能であり人通りも結構多い。
 つまり『桃晒しの刑』は城の兵士たちだけでなく、大衆の目に触れさせることになるので一種の『羞恥刑』であった。

「そこまで私を辱しめるとは……生き恥を晒すなら死んだ方がましと言うもの!いっそ私を死刑にせよ!」
「静粛に!被告人は発言を控えよ!」

 女性にとっては耐えがたいほどの破廉恥極まりない刑であり、イヴは珍しく度を失うほど感情的になっていた。



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