第1話「水浴のイヴ」 西暦1600年頃のこと。シズリー司祭の命を受け、親書をシテ・エスポワール公国まで届ける大役を仰せつかった神官イヴは、無事任務を終えて、母国への帰途に就いていた。 親書がシテ・エスポワール公国の国務大臣ミシェールに届けば、すぐに国王に手渡され、両国の同盟も確かなものになるだろう。国務大臣ミシェールは両国の平和を強く望むところから、数々の画策を企てて来た当国における実力者…彼に託すことで反対分子を退け、長い戦に明け暮れた血なまぐさい時代も終わりを告げることだろう。イヴは今果たして来た重要な任務が完了したことに大いに満足し、足取りも軽かった。 帰り道、初夏を思わせるような暑い陽射しは、遠慮なくイヴの引締まった白い肌に降り注いだ。 「暑い…」 イヴは無事に親書を手渡したことをシズリー司祭に早く告げたかったが、昼夜問わずの長い旅路に身体は相当疲労していた。 ちょうどその頃、イヴの目前に美しい木立の間から澄んだ泉が広がって来た。 「少し水を浴びていこう」 イヴは手早く衣服を脱ぎ捨て、泉のほとりに歩を進めた。 水は思ったよりも冷たい。てのひらですくって、肩先に注いでみた。 「ああ、気持ちがいいわ」 またすくって、今度は乳房に注いでみた。 「ああ、冷たくて気持ちがいいわ。疲れが取れるわ」 その時、急に水辺の方で男の声が聞こえた。 イヴは両手で胸を隠し、眉を引きつらせ声のする方向を睨んだ。 そこには三人の鎧をまとった兵士の姿があった。 「おお!ここにおいででしたか。神官戦士イヴ殿、あなた様を探しておりました。水浴の最中、ご無礼ではありますが、こちらにお戻りいただいて早く着替えてください」 「なに?私を探していたって?どうして?」 「はい、実は国務大臣ミシェール様からお手紙をお預かりしておりまして……」 「国務大臣ミシェール様から手紙を?うん、分かった。すぐに行く。ちょっとその辺りから、遠ざかってくれないか。なんせこのような姿なもので」 「これはご無礼しました。すぐに木陰の方に引き下がりますので、お気兼ねなく着替えてください」 イヴは岸辺の方に向った。 (親書をお読みくださり、早速ご返事をいただけるとは、何と嬉しいことだ) これで司祭の今までのご苦労も報われる……と、心が弾む想いであった。 兵士達は木陰にいったん下がったようだ。 イヴは泉から上がり、濡れた身体を拭き、急いで衣服を着た。 兵士達は確かにイヴの前から一旦退いたかに見えたが、あくまでそれは見せかけであった。 木陰からイヴの裸を覗き見していた。 「ぐっひっひ、すげえいい身体をしているじゃねえか」 「本当だぜ。あの女が魔女とはねえ」 「全くだ、分からないものだぜ」 衣服を着終えたイヴは兵士たちに告げた。 「待たせたね。さあ、出て来ていいわ。手紙をいただくわ」 イヴの言葉が終わるか終わらないうちに三人の兵士たちはイヴの前に現れた。 兵士たちの態度が先ほどとどこか違うことに、イヴは不安を覚えた。 だがそれは時すでに遅しであった。 一人の兵士がイヴの後ろに廻り込み、両手を羽交い締めにした。 「何をする!?無礼な!」 正面の兵士はニヤニヤと口元に笑みを浮かべているが、目は笑っていない。 「ふふふ……、あんたが魔女とはなあ。さあ、取り調べをするからすぐに来てもらおうか」 「私が魔女だと!?何を言う!私はミュール王国使者のイヴだ。無礼は許さないぞ!」 「そのミュール王国の使者さんが、実は魔女だって噂なんだよ。さあ、つべこべ言わずついて来い!逆らうと痛い目にあうぞ!」 イヴは咄嗟に後の兵士に肘打ちを食らわせ、腰の剣に手を掛けたまでは良かったが、所詮相手は屈強な男三人。 あえなく取り押さえられてしまい、腕を後手に縛り上げられてしまった。 かつて14世紀から18世紀の間に多くの魔女裁判が行なわれた。 処刑された人数は30万とも300万とも言われている。 容疑者は全裸にされ、髪の毛や体毛をすべて剃られ、悪魔と契約した証拠の”魔女の印”を調べられたという。 身体中を針で突つき、痛みや出血の無い個所があれば直ちに魔女と断定された。 手足を縛られ水の中へ投げ込まれて、沈めば無実、浮かべば魔女とされることもあった。 魔女である決定的な証拠は自白に基づいた。 自白には必ず仲間の魔女の名前を告白させられる。 こうして芋づる式に魔女の容疑者は増大していったのだ。 衣類すべてを剥ぎ取られ、一糸まとわぬ姿でテーブルに座らされ開脚姿勢を強要されるイヴ。 左右からは兵士達がイヴの足を閉じないように押さえつける。 必死に抵抗するイヴに検査官の容赦のない淫靡な指が伸びた。 「くう~っ!や、やめろっ!私は魔女ではない。私はミュール国の使者だ。早く放せ!」 次頁 |