第1話


『楽園(パラダイス)』とは、もともとは「周囲をおおわれた」という意味のペルシャ語が語源となっていて、王侯貴族が狩猟を楽しむため「猟園」を意味したものだとされている。
 それが転じて、周囲から隔離され、生命維持のための食料や水などが潤沢にあり、しかも享楽のための要素まで備わった場所という意味となった。 
 西洋人が『楽園』から先ず連想するのが、アダムとイヴが神に与えられた場所である『エデンの園』であるが、彼らは神の命令に背いたためにこの地を追放されたしまった。
 そしてユダヤ教とキリスト教の伝承では、その後の『エデンの園』は天使たちによって厳しく警備され、人間の侵入は許されていないという。
 この『楽園』という発想はユダヤ教やキリスト教のみならず、世界中に同種の『楽園』願望が存在する。
 日本人の『西方楽土』や中国人の『桃源郷』もまたその一つである。
 もちろん宗教的な意味合いだけでなく、現実に『楽園』を地上で探し出そうとする情熱も人間の歴史に刻まれている。
『楽園』という発想は原始以来、人々が希求してやまず、しかも今もなおイメージを膨らませつづける悠々のユートピアなのである。


 禁断の果実を食べてしまったアダムとイヴ……
 大天使ミカエルはこれを決して許さなかった。
 楽園を追放されたアダムとイヴは悲嘆に暮れながら、暗い夜道をとぼとぼと歩いていた。
 楽園とは違い西の山脈からは狼の遠吠えすら聞こえて来る。

 長時間道なき道を歩きつづけ、脚も疲れ果て、水すら飲めない状態が続いていたが、やっとの思いでオアシスを見つけた。
 アダムはイヴに言った。

「僕は狼が襲って来た時のために、この木を折ってこん棒を作っているから、君は水を汲んで来ておくれ。今夜はこの辺りで休もう」
「分かったわ。じゃあ水を汲んでくるから、待っててね」

 イヴはにっこりとアダムに愛らしく微笑みながら湖畔へ降りて行った。

 湖畔の周辺は木々が鬱蒼と繁っている。
 イヴはすでに日が暮れていたから、足元が見えにくく手探りで歩いた。
 その時であった。

「キャ~~~!!」

 衣を引き裂くような声が森閑とした闇に轟いた。

「イヴ!どうしたんだ!?」

 アダムはイヴのただならぬ声に驚き、声のする方へ急いだ。

◇◇◇

 イヴは周囲に見とれて歩いているうちに、足元の大きな穴に気がつかず、脚を滑らせまっさかさまに落ちてしまったのだ。
 落下したあとイヴは気を失っていた。
 それからどれくらいの時間が経っただろうか。

 アダムは湖畔の辺りを懸命に探したが、イヴの姿を見つけることができなかった。

「イヴ~~~!どこに行ったんだ~~~!!」

 イヴは落下のショックで気を失ってはいたが、幸いなことにかすり傷ひとつなかった。
 落ちたところが海綿状の土壌であったため難を逃れたのであった。
 何日眠り続けていたのだろうか?

 イヴはふと耳元で囁く低い声で眼を覚ましたのだった。
 周囲にいる異形の怪物に驚き大声をあげた。

「キャー!」

 イヴの廻りには得体の知れない怪物たちが群れをなしていた。
 およそ天界にも地上にも生息しない生物が……
 身体が青白い半透明体で、粘膜状の皮膚をおおっていた。
 驚いたことに股間のいちぶつが異常に長く蛇のようにうねっている。
 怪物たちは横たわっているイヴの下半身に近づいていた。

「キャー!何よ、あなたたち、やめて~!」

 イヴは伸びてくる触手状の怪物たちのいちぶつを手で振り払った。
 しかし怪物は一匹ではない。
 五、六匹が群れをなしイヴを取り囲み異様な声を発している。
 まるで滑車がきしむような不気味な声。
 振り払っても振り払っても触手は近づいて来る。

 身を蔽うものを着用していないイヴを狙うのは、怪物たちにとっては容易なことであった。
 とうとう一本の触手がイヴの秘部を襲った。
 怪物は狭い秘部をこじ開けようとしている。
 イヴは痛みに耐えかねて大声を張り上げた。

「助けて~!いや~!やめて~!」

 その時、どこからともなく旋風が巻き起こった。

「ウギャ~~~!」

 数匹の怪物が断末魔の叫びをあげた。
 怪物たちの後方に現われたのは一人の大男であった。
 背丈は優に二メートルあるだろうか。
 顔は緑色で眼光鋭く爛々と輝いていて、頭には何やら冠を冠っている。
 背中には大きな羽根があり、驚いたことに腕が六本あった。
 そのうち二本は大きな剣を持ち、怪物たちを次々と切り裂いていく。
 怪物たちはうめきをあげ倒れて行く。
 最後の一匹が絶命したとき、大男は初めて口を開いた。

「危ないところだったな。彼らは暗闇の天使異堕(イダ)と呼ばれている。天界や地上で女性に対し悪事を、分かりやすく言えばレイプや痴漢などを行なった者たちの死後の姿だ。神に飛ばされてこの魔界に来たのだ」
「えっ?魔界!?私は魔界に落ちて来たと言うの?どうして?」
「それは私にも分からない。ただ言えることは天界や地上には次元の歪みがあり、そこが一種のブラックホールとなっている。そこから落ちたのではないかと思う。不幸としか言いようが無いが、せっかくこの魔界に来たのだから焦らずゆっくりとしていけば良いではないか」
「そんなのんきな……私を待っている人がいるんです。だから帰らなければ……。ところであなたは?」
「はっはっは、なるほど、待っている人がいるのか。ああ、申し遅れた。私はロキという。元々天使だった。しかしあることで全能の神ゼウス様に怒りを買いこの魔界に落とされ堕天使となってしまった。だが、ある事が切っ掛けで特殊な能力が備わり現在は阿修羅(アシュラ)となった。やがては闇の魔王サタンや暗黒の帝王ルシファを倒し、この魔界の王となるつもりだ。はっはっは~!もう天界などに未練はないわ。はっはっはっはっは~!」
「サタン?ルシファ?何のことか意味がさっぱり分からないわ」
「はっはっは~、分からなくて当然だろう。そのことはどうでもよいわ。それはそうと、私はそなたが気に入った。その輝くばかりの美貌と美しき肉体が。私の妻になれ。そなたは私の子を産むのだ」
「いやです!私には好きな人がいます」
「そうか。それは残念だな。だが、私は諦めないぞ。取りあえず私の家に来い。可愛がってやるぞ」
「嫌です。アダムの元に帰らなければ……」
「アダム?それは彼氏の名か?はっはっは~!まあよい。今夜私と一夜を共にすればその男のことはきっと忘れるはず。はっはっは~!」
「いいえ、絶対に行きません」
「そう邪険にするな。たとえ嫌がっても私が気に入れば絶対に手に入れる」

 ロキはそう言うなりイヴを軽々とかつぎ上げ何処ともなく消えていった。



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