第5話 Tバック姿の調理人

「ほほう、なかなか見事なおっぱいじゃねぇか。おい、両手を頭の上に乗せろ」
「……」

 あやは不安に駆られながらもここは従順にしておいた方が無難と考え、笠原の指示どおり両手を頭の上に乗せた。

「ふふふ、ムチムチ感がたまらねぇな~。この見事なおっぱいをいつも旦那に可愛がってもらってるんだろう?」
「……」
「うん?どうなんだ?」
 
 ショーツ一枚を残すだけとなったあやに、笠原は野卑な言葉を浴びせながらその美しい肉体を舐め回すように見つめた。
 
 その日あやが穿いていたショーツは純白のTバックであった。
 笠原はわざと素っ頓狂な声をあげ、あやの後方に屈みこみ臀部に顔を近づけた。

「えへへ、いいケツしてやがるな。それにしても気品のある奥さんがTバック穿くとは意外だな~。昼間は淑女、夜はエロ妻って訳か?がはははは~、今夜、旦那にたっぷりと可愛がってもらうつもりだったんだろう?」
「そんなことありません……」
「別に隠さなくてもいいじゃねぇか。お楽しみの直前にとんだ邪魔者が押しかけて悪かったな~」
「……」

 笠原は淫靡な笑みを浮かべながら何やら意味有りげな言葉をあやの耳元でささやいた。

「まぁその分ちゃんと埋め合わせをしてやるから安心しな」

「埋め合わせ」とは一体どういう意味だろうか。
 ふとあやは不安に襲われた。
 それでもわざと聞こえなかったふりをして、食材を取り出そうと冷蔵庫の中を覗き込んだ。

「それにしても男好きのするいい身体をした女だぜ」

 冷蔵庫からハムを取り出そうとしてあやが前屈みになった瞬間、笠原はTバックから露出した尻肉を撫で回した。

「きゃっ!やめてください!」

 あやはすかさず笠原の手を払いのけた。

「まあ、そう邪険にするなよ」

 払いのけられても執拗に尻を撫で回す笠原に対して、あやは毅然とした態度で言い放った。

「や、やめてください!ご飯の準備ができないじゃないですか!」
「うまくかわしやがったぜ。とにかく飯が先だ。美味い飯を頼んだぜ」

 笠原は尻を撫でる手を引っ込めた。

◇◇◇

 あやは熱したフライパンにサラダ油を入れハムを数枚焼き始める。
 ハムの敷かれていない部分に黄身が行くように卵を落とす。
 蓋をして弱火でじっくり焼く。
 その時、ふとあやの目頭から涙がこぼれ落ちた。

(どうしてこんなことに……)

 手の甲で涙を拭いながら、フライ返しでくっついた白身を切り離す。
 仕上げは蓋についている水蒸気をフライパンに入れて、水分が飛ぶまで蒸すだけだ。


 あやが調理をしている間、笠原は居間へ戻ろうともしないでずっとあやを見つめていた。
 美人妻のTバック姿という刺激的な光景。
 やっとあやから目を離したと思ったら今度は冷蔵庫内を覗き込んだ。

「ほう、別荘の冷蔵庫なのに中はいっぱいじゃねぇか。やっぱり金持ちは違うな~」

 笠原は冷蔵庫を開けてつぶやいた。
 あやたちが別荘に到着する前に、別荘の管理人が予め冷蔵庫の中身を買い揃えておいてくれたから、冷蔵庫の中はぎっしりで何一つ不自由がない状態であった。

「これだけ食料があれば一か月宿泊したってだいじょうぶだな~!がははは~!」
「ねぇねぇ、何を楽しそうに話しているのよ」

 笠原がやたら賑やかなことが気になったのか、居間にいる百合が反応した。

「冷蔵庫の中が食料ぎっしりで驚いていたのさ~!」
「な~んだ、そんなことかぁ。てっきり真司に脅迫されたあやさんがお漏らしでもしたのかと思ったのに。つまんない!」
「ははは~、よくもそんな妄想が浮かぶものだな~。ん?ちょっと待てよ。もしかしたら想像じゃなくて現実になるかも知れねぇな~。がはははは~」
「旦那さんが縛られたままで退屈そうだし、ちょっとぐらい刺激的なことがあった方が退屈しのぎになっていいかも知れないねぇ」

 笠原たちの一見冗談めかした会話の中にも、あやたちを威嚇する鋭い棘のようなものが潜んでいた。
 笠原は何気に冷蔵庫の中段にある野菜室を開いた。
 中には、キャベツ、レタス、トマト、大根、人参、白菜、ネギ、タマネギ、カリフラワー、ブロッコリー、ゴーヤが並んでいて、一番奥にはキュウリとナスが収まっていた。

「うん……?」

 笠原の視線が一瞬止まった。
 そして何かを思い浮かべたのか、口元から不気味な笑みがこぼれた。

「あやさんは嫌いな野菜ってあるのか?」

 そのときハムエッグの盛り付けをしていたあやは、突然飛び込んできた意外な質問に戸惑いを見せながらも律儀に答えた。

「嫌いな野菜は特にありません」
「そうか。好き嫌いはないのか?それは感心だな」
「どうしてそんなこと聞くのですか?」
「ふふふ、いやいや、飯を作ってくれたお礼を後からしなきゃぁいけないと思ってな。それより飯だ!百合~、飯を食うぞ~!」

 やけに上機嫌な笠原に、あやは妙な胸騒ぎを覚えた。



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