第4話 デニムのショートパンツ

 あやは眉をひそめて不快感を顕わにするが、百合は一向に気にする様子もない。
 それどころか、

「私も親しみを込めてあやさんって呼ぼうかな?あやさん、服の上からじゃ物足りないんじゃない?ガウン、脱いじゃおうか?」

 その時あやは上がボーダー柄のカットソーで下はデニムのショートパンツを穿いていた。
 向かい側にいる笠原が百合を煽り立てる。

「冷房が入ってないからあやさんが暑がってるぞ。百合、早く脱がしてあげなよ」
「別に暑がってません!」
「そういえばあやさん、ちょっぴり汗ばんでるみたい。さっさと脱いじゃおうか」

 百合はあやの言葉に耳も貸さず、強引に衣服を剥ぎ取りに掛かった。
 これにはあやも血相を変えた。

「や、やめてください!自分で脱ぎますから……」
「そうなの?その方が手間が省けるわ。あはは」

 あやがためらいがちにカットソーを脱ぎショートパンツに手が掛かったその時、俊介の声がとどろいた。

「あや、脱ぐな!」
「……」

 笠原は眼光鋭く俊介を睨みつける。

「何だと?もう一度言ってみろ」
「あや、脱がなくていい」
「うるせえんだよ!」

 笠原は緊縛されて抵抗のできない俊介の顔面に平手打ちを見舞った。

(パシンッ!)

「うぐっ……」
「旦那さんよ。今自分が置かれている立場ってものが分かってねぇようだな。今のおめぇには奥さんに指図する権利なんてねぇんだよ!指図できるのは俺たちだけなんだ!分かったか!」
「くっ……妻に手を出すなぁ……」
「うるせぇんだよ!」

(ボカッ!ボカッ!)

 今度は平手ではなく笠原の拳が俊介の顔面にさく裂した。
 見るに見かねたあやが、俊介の元に走りより身を挺して笠原を阻止しようとした。
 その声はすでに涙声に変わっている。

「やめて!主人に乱暴するのはやめてください!」
「俺たちに逆らわないと約束するなら殴ったりしねぇよ。どうだ?約束できるか?」
「はい、逆らわないと約束します……」
「あ、あやぁ……」

 床にうずくまった俊介は悲壮な表情であやを見上げた。


 笠原たちが見守る中、あやはゆっくりとデニムのショートパンツを脱ぎ始めた。
 ショートパンツが床に落ちると、純白のブラジャーとショーツだけになった。
 わずかな布地に身を包んだふくよかで優美な姿態が衆目に晒された。
 ほんのりと頬を紅潮させ恥らうあやの仕草を、笠原たちは好奇心に溢れた表情で見つめていた。

 笠原たちや俊介が注目する中、あやは重い空気を吹き飛ばすかのようにわざと明るく振る舞い意外な言葉を発した。

「皆さん、おなかが空いたでしょう?何か作ります」
「おっ、気が利くじゃねぇか。そうだな、ビールだけじゃ物足りねぇからな。何が作れるんだ?早くできるものを頼むぜ」
「ハムエッグでもいいですか?」
「上等だ。早く作ってくれ。腹ぺこなんだ」
「分かりました」
「でも奥さん、言っておくが刃物は使わせねぇよ」
「だいじょうぶです……」

 あやが食事を提案をしたのは、時間を稼ぐためであった。
 提案していなければ、おそらく皆の前ですでに全裸になっていただろう。
 咄嗟の機転は刹那的ではあってもあやのささやかな防衛手段であった。
 料理を作る間に何か良い策が思いつくかも知れない。

 ところがそんなあやの思惑を百合は見逃さなかった。

「うふ、あやさん、もしかして時間稼ぎかな」
「……」
「百合、そんなことを言うな。見ず知らずの俺たちに飯を作ってくれるって言うんだから感謝しなくては」
「そうね。奥さんのヌードショーは食後の余興としてとっておかなくちゃ」
「ははははは~、それは楽しみだな~」

 下着姿で台所へ向かおうとするあやの背中に、棘のような百合の言葉が突き刺さった。

「真司、一応奥さんを監視しておいた方がいいと思うよ」
「そうだな。台所には包丁があるからな」

 笠原はキッチンシンクの包丁収納ケースから二本の包丁を抜き取った。

「切れ味のよさそうな包丁だな……」

 笠原はそうつぶやきながら調理を始めたばかりのあやに視線を向けた。
 凍てつくような恐怖感があやを襲う。
 あやは思わず笠原から目を逸らした。
 笠原はにやにやと笑いながらあやの隣に接近した。
 158センチのあやにとって、20センチ以上背の高い男性が横に並ぶとかなりの威圧感がある。
 俊介が175センチで60キロと細身なこともあって、高身長に加え筋肉質な笠原が俊介よりも一周りも二周りも大きく感じられた。
 あやがフライパンに油を垂らしガスに点火をしようとしたとき、あやの肩先を鋭利な感触がかすめた。

(プチンッ……)

 ふと何かが千切れるような音がした。

「……?」

 奇妙に思い振り向くとブラジャーの左側のストラップが切れて胸を覆っていたカップ部分がパラリと垂れ下がった。

「えっ……なぜ……?」
「わはははは~。なかなかよく切れる包丁じゃねえか」
「ひ、酷いわ!見ないでくださいっ!」

 ストラップの切れたブラジャーが今にもあやの身体から離れ落ちようとしている。
 落ちる寸前にあやは慌てて両手で胸を覆った。

「おい、手をどけろ」
「いやっ……いやです……」

 交差させている両腕に力がこもる。
 かすかに震えているのが分かる。

「どけろと言ってるんだよ。聞こえねぇのか?」

 笠原は持っていた包丁をわざとあやの目前でちらつかせた。
 照明に照らされてきらりと不気味な光を放っている。

(この男、何をするか分かったもんじゃない……)

 あやは観念して胸から両手を下ろすと、支えを失ったブラジャーがポトリと床に落ちた。
 お椀型をした美しい双丘が笠原の前に現れた。



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