第2話「暗闇の中でふたりきり」
(これは面白くなってきたぞ。こういう楽しみは他人と分かち合うタイプじゃないんだよね、俺は……)
ワクワクしながら待つ車村の耳に、ようやくイベントが再開したようで、女子たちの「きゃ~きゃ~」という黄色い声が聞こえてきた。
ねらいどおり友人がそばにいることで、女子の恐怖感が薄らぎ、ちょっと危険な遊び気分になっているようだ。
「私のおしりを触ったのは誰!?」という叫び声。
「誰だ~、出てこい!」と滅多に聞くことのできない女子の野太い声。
男子の含み笑いも聞こえてくる。
声が至近距離に来たとき、一瞬だけ隙間から懐中電灯の光を当てる。
車村のもとへ最初にやって来たのはカップルだったのでスルーしたが、次の二人連れの女子たちを『触り初め』に決めた。
二人は車村の隣のクラスの女子である。
頃合いを見計らって手を突き出してはみたが、一人目は間に合わず、ようやく二人目の下腹部に手が触れた。
「きゃ~! ここにもいた~!」
と叫ぶ女子。
すかさず、保冷剤でよく冷やしたコンニャクを、釣り竿でぶら下げて揺らし、女子の顔にそろりと当てる。
後日問い詰められたとき、「一応お化け屋敷らしいこともやっていた」という言い訳用だ。
「きゃ~! なに? この冷たい物は!?」
コンニャクの正体を見極めようともせず遠ざかっていく声を見送りながら、てのひらに残った『あの子の感触』にひたる車村。
(柔らかかったなあ……)
スカートの感触に感動する。
手を突き出す位置やタイミングをずらしたりしたことで、ようやく4人目でブラウスの胸タッチに成功した。
さすがに揉んだりはしなかったが、揉みかけて思いとどまったことはあった。
暗い中でそんなことをやっているうちに次第に興奮していく車村。
それからもお尻、胸と楽しんでいると、突然「車村先輩~?」と聞き覚えのある声がした。
懐中電灯を点灯する必要もない。
声の主は2年C組の野々宮ありさではないか。
いつも率先してサッカーの試合の応援に来てくれているので、車村としては印象深かったし、何度か会話を交したこともある。
3年男子からはありさが可愛いと評判になっており、夢中になっている生徒もいるようだ。
「車村先輩、3-Aじゃないのにスタッフしてるんですか?」
「うん、まあ……手伝ってるんだ」
「ふうん、楽しそう。中に入ってもいいですか?」
ありさが意外なことを言いだした。
自分一人でもかなり狭いのに、そんなスペースに潜り込んでくるというのか。
車村は困惑した様子で、
「狭い。入るのは無理だよ」と断ってはみたが、ありさはなおも、
「入ってみたいです」と後へ引かない。
ありさに強さに根負けした車村は、
「ここは机なんだよ。下のほうのダンボールが開くから、そこから入れるよ」
と教えてやった。
ありさは「どれどれ?」と屈みこむと、もぞもぞと机をくぐってきた。
「すごく狭いですね~」
「……だろう?」
狭いと言うより、はっきり言って密着に近いと言ってよいだろう。
80センチメートル角くらい(新聞紙を開いたときの幅が81.2センチメートル)の窮屈な空間なのだ。
車村はなぜありさがやって来たのか、よく分からなかった。
「どうしたの? 仕事か? 誰かが俺を呼んでるの?」
「土井先輩が入口にいて、車村なら中だと思うって教えてくれたんです。わたし暇だから校内うろうろしてたんですけど」
「なんだ、仕事じゃないのか」
「先輩もここで女の子を触ってたんですか? わたし入ってすぐに、お尻触られましたよ」
「えっ……!?」
「車村先輩いますか? って言ったら、手が引っ込んで『いないよ』って言われましたけど」
車村は日頃ありさのことを、スタイルがよくて、素直で、天真爛漫で、『理想の妹』タイプの可愛い子だと思っていた。
(誰だありさちゃんのお尻を触った野郎は!)
と怒りが込み上げてくる車村であったが、ありさの矛先は意外にも車村に向けられた。
「先輩も触ってたの?」
「えっ? あ……イヤ俺はこれね……」
と懐中電灯を点けてコンニャク竿を指し示した。
「本当? マジメですね~」
ありさはいたずらっぽく微笑む。
表情と声が、車村の言葉をまったく信じてない。
「……いやまぁ、ちょっとだけ触ったかな……?」
「ふ~ん、やっぱり触ったんだ」
「ほんの少しだけだよ」
車村がしどろもどろになりながら懸命に弁解していると、女の子の声が聞こえてきた。
懐中電灯を消す。
「あ、春果ちゃんの声だ。わたし触っちゃお」
とありさが小声でささやく。
知り合いか?と思いながら、仕方なく車村はコンニャクを準備した。
女の子の声が近づいたところで、ありさが、
「春果ちゃ~ん!」
と手を突き出した。
すると、
「えっ? 女の子もいるの?」
と声がして、笑いながら
「あたし、春果ちゃんじゃないのよ~」と。
思わず「春果ちゃん違うじゃん!」とツッコミを入れる車村。
女の子たちが行ってしまってから、ありさは「間違えちゃった~」と小声でささやきながら、そっと車村に身体を寄せた。
さわやかな少女の香りに、いまさらながら気づく車村。
しかも暗闇の中でふたりきり。