第1話「男子クラスのお化け屋敷」

 11月の第2土曜日、折越高校において文化祭が開催された。
 実行委員の車村は生徒会室で待機していたが、初日の土曜日ということもあって父兄や他校の生徒等の来客が少なく、特に用事もないため暇を持て余していた。

「……車村。車村っ」

 車村を呼ぶ声がした。
 ふと見ると、同級生の土井が廊下から窓越しに車村を手招きしている。

「何だよ。トラブルでもあったのか?」
「いいから、ちょっと来い」

 車村は他の実行委員たちに断って、廊下に出た。
 土井は辺りをキョロキョロ見回して、何やら落ち着かない様子だ。

「暇なんだろ? 来いよ。とにかくすごいんだから。来ないと後悔するから」

 何を言ってるんだろう……と、いぶかしく思った車村だったが、暇なのは確かだったので土井に着いていくことにした。

「3-Aがお化け屋敷やってるだろう? すごいぞ」

 土井が言う。
 3年は7クラスあって、そのうち3-Aと3-Bの2クラスが「男子クラス」だ。

「何がすごいんだよ?」
「触れるんだよ!女子を!」

 車村は合点がいった。

(なるほど。お化け屋敷というのは建前で、怖がらすのはそっちのけで楽しんでいるというわけか……)

 さすが男子クラスといえる。車村はこっくりとうなずいた。
 立場上は文化祭実行委員の車村だが、元々エッチな話題は大好き男子なのだ。

「よし! 行くぞ!」

 車村は土井を置いて、すごいダッシュで走り出した。

「おいおい、待てよ~!」

 3-Aは4階にある。
 車村は階段をひたすら駆け上がり、またたく間に4階に辿り着いた。
 角を曲がると正面に3-Aがある。
 車村はその光景に目を丸くした。
 なんと行列ができているではないか。
 3年共学クラス女子の顔も見えるが、下級生の顔もちらほら目につく。ほとんどが女子だ。
 車村は彼女たちの会話に耳を澄ましてみた。

「触るんだって」
「え~? やだ~」

 言葉とはうらはらに、なんだか嬉しそうだ。

「愛花がオッパイ触られた、って言ってたよ」

 車村は唖然とした。

(な、なんだって? Gカップと噂の、あの篠崎愛花のことか……?)

 ようやく土井が追いついて来たので、車村は彼を促して教室に向かった。
 しかし向かう車村の頭の中には疑問が渦巻いていた。

(わからん……「触られる」と噂のあるお化け屋敷に、どうして行列ができるんだ? 女の子ってそんなに触って欲しいのかぁ……?)

 車村たちは入口ではなく、出口から入った。
 教室は校内で集めた暗幕で暗くはなっているが、ところどころから光が差し込んでいる。
 目貼りが甘いところがいかにも男子クラスらしい。

 入ると、懐中電灯の明かりが車村の顔を照らした。
 照らしたのは3-Aの森岡健太郎だった。

「なんだよ。なんで実行委員の車村が来るんだよ」

 土井が答える。

「車村はしゃべらないから大丈夫だよ」

 さらに車村も答える。

「しゃべるものか。こんな楽しそうなこと。というか、ちゃんと口止めしてるのか?」
「口止め?」

 詰めが甘いのも男子クラスの特徴といえる。

「女子が廊下で噂してるぞ。触られるって。先生に届くのも時間の問題だな」

 急にみんなが黙ってしまった。

◇◇◇

 森岡からの連絡でこれは一大事ということになり、早速、お化け屋敷を企画したクラスの中心人物が集まり協議を行ない、システム変更がなされた。
 その結果、1分間隔で一人ずつ入場させていたのを、連れがいる場合いっしょでオーケーにして、女子に人気のある男子数人が交代で出口に張り付いて「バレると中止になっちゃうから黙っててね」と女子に『お願い』をすることになった。
 また触るのも「冗談で済む範囲にしろ」と徹底させ、さらには「スカートの上からは良いが、中に手を入れては絶対にダメ」という厳命が下された。

 お触り噂問題が一段落した頃、土井の姿はすでになかった。
、車村も引き上げようとしたとき、森岡が呼び止めた。

「すまなかったな。教えてくれて助かったよ。もし時間があればでいいんだけど、お化け役を手伝ってくれない? 実はほかのイベントと掛け持ちの奴らが出て行ってしまって、お化け役が足らないんだ」

 お化け役の3-A男子が羨ましいなと考えていたところへ、偶然森岡から声をかけられて、内心渡りに船だと喜ぶ車村であった。

「うん、時間があるし手伝ってもいいよ」
「そうか、恩に着るよ!」

◇◇◇

 森岡からお化け役を依頼された車村は、自分が入るスペースを探し始めた。
 借りた懐中電灯で薄暗い中を見て回ると、ルート自体は単純であることが分かった。
 床に夜光テープで矢印があって、暗い中でもルートは客に分かるよう、親切に設えられている。
 机、椅子、そして体育館から持ってきた跳び箱などを使って柱をつくり、ダンボールや暗幕の隙間から手を出して触っていたらしい。
 そして車村は、教室の角に人が一人か二人、やっと立っていられるくらいのスペースを見つけたのだった。



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