Shyrock作







第1話

 ありさ(18歳)が通う私立猫山高校では、昔から生徒たちの間で幽霊が出るという噂がまことしやかにささやかれていた。
 はたしてそれは真実なのか、それとも単なる作り話なのか……。
 猫山高校の従前地がかつては火葬場であったとか、担任教師との恋を親に引き裂かれた女子生徒が自殺したとか、数多くの都市伝説や噂話が飛び交っていたが、どれひとつとして真実であることを証明できるものはなかった。
 そんな中でたった一つだけ信憑性の高い話があった。<

 時は昭和37年までさかのぼる。
 当時、女子便所を覗いたり、女子便所に忍び込んで使用済みの生理用品を漁ったりと変態極まりない行動を繰り返す1人の男子生徒がいた。
 そんな常軌を逸した行為はすでに変質者といっても過言ではなく、女子生徒からは当然ながら忌み嫌われていたが、意外にも成績は学年で5本の指に入るほどの秀才ぶりであった。
 学校は彼を呼び出し再三注意を行なったが一向に反省する様子はなく、やむを得ず彼を退学処分としてしまった。
学校側から退学処分を下された場合、その生徒の将来の進路はその時点で阻まれてしまうことになる。退学処分を受けた彼は将来の夢が閉ざされてしまったことに絶望し、学校と生徒たちに怨恨を抱き、夜間校内に忍び込み便所で首を吊り自ら命を絶ってしまったと言う。

 そんな事件があってからと言うもの、いつしか生徒の間ではこのような奇妙な会話が囁かれるようになった。

「放課後の女子便所は気をつけたほうが良い。用を足した頃、暗い便槽から痩せた男の手がニョッキリ伸びてきてちり紙でお尻を拭いてくれると言う。中には男性のナニのようなものを突き立てられた女子生徒もいるらしい」

 実におせっかい焼きな幽霊ではあるが、遭遇した女生徒としては堪ったものではなくおそらく深い恐怖の淵に突き落とされた心境であったろう。
 学校としても昔から噂は知っていたが、実に非科学的であり、生徒たちが面白半分に創作した噂話だろうと決めつけ、真摯に向き合おうとはしなかった。
 学校側が信じなかった理由の1つとしては、女性教師から「用便中に現れた」と言う報告が一切なかったことが挙げられる。どういうわけか『伸びる手』の対象は教師に向けられることはなく女子生徒に限られていた。
『伸びる手』は音も立てず静かに現われ、女性生徒が用を足し終えた後、トイレットペーパーで拭こうとすると、本人に先んじて股間を拭いてくれるという。しかも、小の後であれば「前」だけを、大の後であれば「前」と「後」の両方を拭いてくれるという首尾のよさは、女生徒が排便する様子をどこからか凝視していないとできない仕業であり、その不気味は尋常ではなかった。
 当時の便所はまだ汲み取り式であったため暗い『便槽』というものが存在した。しかし環境衛生の向上とともに学校のトイレも衛生的な水洗便所へと移り変わり、現在では暗い『便槽』なるものは過去の遺物となってしまった。
 にもかかわらず、今なお目撃情報が飛び交うというのも奇妙な話であった。

 その日の夕刻、ありさと美枝はクラブ活動のためまだ学校に残っていた。
 2人は新聞部に所属しており、来月上旬発行予定の校内報の編集作業に余念がなかった。

「ねえ、ありさ、もう日が暮れてきたしぼちぼち帰らない?」
「そうね。校正も終わったし、ぼちぼち帰ろうか」

 二人は作業が一段落したこともあり、編集作業を打ち切り部室を出た。

「美枝、私、急にトイレに行きたくなっちゃった。ちょっと待っててくれない?」
「ええ?トイレに……?ありさ、我慢できないの?夕暮れのトイレには変な噂があるし、やめておいた方がいいと思うんだけど。帰りに駅のトイレに寄ろうよ」
「あはは、美枝はあんな噂話を信じてるの?あれは便所が汲み取り式の時代に生まれた都市伝説じゃないの。今の時代にそんなことあり得ないわ」
「私もそう思うんだけど、でもやっぱり気味が悪くて……」
「気にしない気にしない。直ぐに済ませるからちょっと待ってて。あ、美枝、カバン持っててくれない?」
「うん、いいわ。でも早く済ませてね」
「小だけだから直ぐに済むわ。じゃあカバン頼むね」

 ありさはカバンを美枝に預け、トイレに駆け込んだ。


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