第1話
全身を湯船に沈め湯煙に包まれていても、私の心は冷え切ったままだった。
温泉の効能に慢性婦人疾患と書かれていたが、愛情の欠落に対する効果はないらしい。
東京から車を走らせること数時間。
ここはちょっと有名な、XX県にある温泉旅館。
都内からそんなに遠くない癒しスポットとしても有名だが、混浴温泉があることでその名を知られている。
その混浴露店風呂に私たち夫婦はいた。
旦那は久々に見る私の素肌にご満悦なようだが、私は作り笑いのままで、早くこの刻が過ぎないかなぁというのが正直な心境だった。
そう、私たち夫婦は、正直なところあまり上手くいっていない。
旦那はどう思っているか知らないが、少なくとも私はこんな有様になるのなら結婚なんかしなきゃ良かったと少し後悔している。
結婚当初はラブラブで、子供は何人欲しい?なんて言葉を毎日交わしながらその行為に励んでいたあの日々はどこへやら。いつも仕事に飲み会にゴルフにと精を出す旦那に対し、ついつい小言を言い気味になってしまう私はウザがられ、今では夜のお務めもすっかりご無沙汰。
こんな生活で子供なんて出来るはずもなく。
私もまだ二十代、離婚するなら子供もいない今だなと思い始めていたところ。
今回の温泉旅行はひょっとすると旦那がそんな私の心境を察し、子作りのために画策したものかも知れなかった。
求められるのは女として嬉しくないこともないけれど、正直言って旦那とのエッチは退屈なだけなんだよな。
自分本位だし、愛撫は超テキトーだし、こっちが濡れてないのにすぐ入れたがるし、自分だけすぐイクし…。
結婚前はこんなだったかしら。
テクニシャンてほどじゃなかったけれど、もう少しは愛があったよなぁ。
釣った魚に餌はやらないとはよく言ったものだ。
あぁそういえばここの旅館は鮎の塩焼きにお刺身が出るんだっけか…いやそうじゃなくて。
それにヘタに妊娠なんかしたら別れられなくなっちゃう。
今すぐ離婚したいほどじゃないにせよ、いつでも別れられる主導権は握っていたい。
でも、温泉旅館まで来て求められたらエッチしないわけにはいかないよなぁ。
ああやだやだ。
せっかく混浴露店風呂なんだから、もっとイイ男との出逢いなんてないものだろうか。
だが、旦那がここにこうしている以上、そんなの叶うはずもなし。
ああやだやだ。
だいたい何で夫婦で入るお風呂が混浴露天風呂なのか。
他の男性が入ってきて私の裸を見たら…とか思わないのだろうか。
こういうところがデリカシーがないって言うんだよな…。
気乗りしない温泉はのぼせるだけだ。
そろそろ出ようかな…そんな風に思い始めていたときのことだった。
「俺、先に部屋に戻って1杯やってるから」
(!?)
なんだそりゃ?
ここ混浴の露店風呂なんだよ?
誰がいつ入ってくるか分からないんだよ?
おいちょっとお前、ふざけんなよ?
妻に対する愛はどこ行ったんだ?
…と私が思っている間に、旦那は軽くシャワー浴びてさっさと出て行った。
妻の生まれたままの姿より、風呂上がりのビールの方が魅力的らしい。
あぁこれが男なんだな。
まぁいいや。
旦那がいなくなった独りの温泉を満喫しよう。
ようやく、身体がポカポカになって満たされた気分になった。
そうして15分くらいが過ぎ、私は文字通りココロもカラダも湯煙と共に解放感に包まれていた。気付けば身体を隠していたタオルもその辺に置いたまま…。
ガラガラ。
(!)
引き戸の開く音と共に、入ってきたのは男性だった。
ほうら言わんこっちゃない(言ってないけど)。
慌ててタオルで身体を隠そうとするが…。
あれ?タオルどこ行ったんだ?
「失礼します」
男性は軽くかけ湯で身体を清めると、自身はタオルであの部分を隠しながら私に近付いてきた。
「え…あっ、う…」
動揺する私。
ちょっと、そんなのアリなわけ?
だけどここが混浴なのは誰でも分かってることだ。
私はタオルで身体隠してるわけでもなく真っ裸。
向こうはアレを隠してるんだからまだ紳士的。
…これ、どう見ても私が誘ってるシチュエーションじゃない?
男性は私の隣に…もう肌が触れるかどうかくらいのところまでやってきて、腰を下ろした。
うわ恥ずかしい…。
「どうも」
「…どうも」
なんなんだこの出来の悪いお見合いみたいなぎこちなさは。
でも、いきなり襲い掛かってくるような男でなかったのがまずはひと安心。
それに近くで見ると、けっこうタイプだ。
ちょっと見とれていると、目と目が合った。
向こうは私のことをどう見てるんだろう?
その答えは、まもなく出た。
男性の手が私の腰に伸び、ぐいと私の身体を寄せる。
そして、キスするように、顔を近付ける。
(!)
いきなりのことに少し動揺する私。
でも、男性はあくまでも紳士的だった。
「…しても、いい?」
あぁ。
私はきっとこれを求めてたんだ。
さっきまで不満タラタラだったけど、やっぱ温泉来て良かった。とゲンキンな私。
返事はしなかった。
代わりに、こちらからのキスで口を塞いだ。
それと共に、彼の口の中に舌を這わせ、舌と舌を絡めさせる。
こういうのは、一期一会だ。
好機は滅多にめぐってこないのだから、軽い女って思われたっていい。
男性もこれに呼応するかのように舌を絡ませてきた。
これで私たちは、お互いの意思を確認し合ったようなものだ。
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