第4話  ランジェリーを着けてランジェリーを脱いで


(入れられちゃうの? 翔くんの指が、美桜の処女膜をブチって……?!)

仄かに沸いた切ない快感は、得体の知れない恐怖に置き換えられていた。
そこに微量な後悔の念もミックスされている。

「ひぅっ、あぁ……あのね、翔くん」

「なんだい、美桜?」

「翔くんのも……ちょっと見たいなって……だめ?」

だから咄嗟に思い付き、美桜は訴えただけであった。
顔を隠した手のひらを振り払い、気付けば大股開きにされたままで、ハシタナイおねだりをしてみせる。

「おっ、美桜も言うじゃん。その言葉、待ってたんだよね」

愛する少女の積極的な要求に、翔吾の顔がこのうえなく緩んだ。
バスタオルの上からでも分かるほど、股間部分が盛り上げられている。
そして腰横に挟んだタオルの端を、そそくさと解こうとして……

ピン、ポーン……♪

ドアベルが鳴った。

「なんだよ、こんな時に!」

温和な性格の翔吾だが、さすがに不愉快さは隠せなかった。
美桜の方はというと、背中に敷き込んだままのバスタオルを秒速技で身体に巻き付ける。

「お客様、ご注文されたルームサービスでございます」

「ルームサービス?」

「……あっ!」

律儀なホテルマンがドア越しに呼びかけて、美桜が気になる単語だけ口ずさんだ。
数秒のタイムラグを経て、眉間に青筋の翔吾が声を詰まらせて、それから……

「ちょっと小腹が空いててさ、でも美桜がシャワーを浴びてる最中だったし、それで……」

「翔くん、説明はいいからさ。早くなんとかしてよ」

翔吾の言い訳は、美桜の一睨みに消された。
秒速技の続編で、ブラとパンティーも身に着けた少女は、それでもベッドの上に座り込んだまま翔吾にあごを使った。
糸のように細めた瞳で、クイクイと目配せもした。

「はい、ただいま」

床に脱ぎ捨てた感のあるTシャツを首から突っ込みつつ、バスタオルを解くとズボンを履いた。
美桜の両目が、すかさずシャッター・チャンスのように走ったが、肝心の処はボクサーパンツで封印されていた。



「それにしても、どうしてカレーなのよ? それもカツカレーなんて……あーぁ、なんかやってられない」

「そんな顔すんなよ。腹が減ってはなんとやらって……美桜の分もちゃんとオーダーしたからさ、ほらしっかり食べて、スタミナつけてさ」

「カツカレー食べて、スタミナをつけて、それで翔くん……その後で何をするのよ?」

「そりゃぁ、決まってるだろ。セックスの続きだよ」

窓を覆うカーテンは開け放たれていた。
壁の一面を丸々くり抜いてはめ込んだようなガラス越しに、煌びやかな夜景がどこまでも映し出されている。
そんな特上の座席を陣取るようにして、美桜と翔吾は腰かけていた。
向かい合う形で、長方形なガラスのテーブルの上には、二人の会話にも登場したカツカレーが二人前と、野菜とフルーツがあしらわれたサラダも二人前。
それに付け合わせのラッキョウ漬けも、やはり二人前である。

「それにしても、さすがにうめぇな、このカレー。俺が作った三分カレーとは全然」

「それって、レトルトの?」

「そうさ。スーパーの特売日の時に、まとめ買いしてさ……モグ、モグ……美桜は食べないのか? ここのカレー一食で、レトルトの二十皿分だぜ」

仄かに香っていた男女の匂いも、今では濃厚なスパイス臭に置き換えられていた。
窓辺の席で、カチャカチャと食器を鳴らして、「うめぇーっ、うめぇーっ」と喉も鳴らして、翔吾の夜食は続いた。
サラダにだけ手を付けた美桜を横目に、たっぷりと二人前のカツカレーを平らげていく。

「だけど……なんか変。だって翔くんらしくないでしょ。ここのホテル代だって高かったんだし、わたし達って貧乏学生だし、それなのにルームサービスなんて」

美桜のふくれっ面した顔が、ガラス窓に映った。
ブラとパンティーの上から萌黄色のワンピースを纏い、ラフなTシャツ姿でカレー皿にかぶりつく翔吾に、げんなりとした目を送っている。

「それなんだけどさ。俺の寿命は今夜限りかも……なんて」

スプーンの動きを止め、翔吾が顔を上げた。
夜景をバックにしたガラス窓の中で、美桜と向き合って映し出された。

「寿命? それってどういう……?」

美桜の瞳が、翔吾の瞳の中を覗いた。

「よく分かんないだけどさ。美桜とこのホテルにチェックインして、この部屋に入った途端、なんかそんな気がしてさ」

「ようするに、根拠なんてなしに今夜死んじゃうって……翔くんは……」

「だからさ、このカツカレーも最後の晩餐ってやつかな……別に根拠なんてないけどさ」

黒い窓ガラスの中で、翔吾は遠い目をしていた。
向き合う美桜の顔も目に入らぬという感じで、キラキラとした光の点だけを瞳に映し込ませていた。

「それで、わたしはどうなるの? 翔くんだけが今夜死んじゃうの?」

よくよく聞けば、バカバカしい告白である。
そんな思い付きのような第六感で、翔吾は財布の中を空にしたのだ。
取りあえず笑い飛ばして、取り合えず呆れる顔をこしらえて、取り合えず半分残されたカツカレーも、翔吾から奪い取り頬張ろうとして……

「おい、美桜……?!」

しかし美桜は立ち上がっていた。
腰かけていた椅子から少し離れた所で、身に着けたばかりのワンピースを脱ぎ落していた。
背伸びして買ったセクシーなランジェリーと、均整の取れた女らしいボディと、恥じらいに赤らんだ少女の顔と、そのすべてがガラスのスクリーンと向き合い映されていた。

「だったら急がないと。し、翔くんは今夜、死んじゃうんでしょ。だったら美桜と早く……その、セックスしないと。美桜の大切なモノを翔くんに……プ、プレゼントしないと」

真顔で、目尻には光る水滴を滲ませて、訴えるセリフはとても早口で、なのに時々詰まらせて。
美桜は更に、ガラス窓から背を向けた。
ブラとパンティーの下着姿のまま、ダブルベッドへ歩み寄っていく。

(そんな話、信じろっていうの? 翔くんったら、駅裏の妖しい占い師に騙されたとか? 本屋さんでオカルチックなトンデモ本を立ち読みして、あっさり染まっちゃったとか? まさか、まさかだよ。賞味期限切れのノスタラなんちゃらさんの大予言の熱烈信者さんだとか?)

その間も、美桜の理性は両足にしがみついては説得してくれる。

(でも、見たでしょ? 翔くんのあの目を、美桜もちゃんと。冗談でも、デタラメでもいいから、はははって笑って欲しかったのに)

純粋すぎる健気な少女は、ブラを振り解いていた。
つまづきながら、パンティーも引き下ろしていた。

「わたしを愛して……翔くん……」

「み、美桜……あぁ、愛してやるさ」

呼びかけて、呼び返して。
美桜の身体がマットの上で仰向けになる。
カレー皿を掴み、掻き込むようにして平らげた翔吾が、美桜が待つベッドへと駆け寄った。

スプリングを弾ませ、逞しい身体を躍らせ、楚々とした美しい女体に圧し掛かろうとして、そして……

「クン、クン……なんか……?」

「翔くん……どうしたの?」

翔吾の鼻がヒクヒクとしていた。
真ん丸な鼻孔が真円のままに拡大されて「フン、フン」と、大げさな鼻息も鳴らして。
「焦げたような……なんか、煙臭くないか?」とつぶやくように。

「ふぅーん、ふん……ホントだ。何かが燃えてる? うん、これって煙の匂いだよね」

美桜の小鼻もヒクついてみせた。
ブロックするように漂うカレーの匂いを掻い潜り、鼻を突く嫌な刺激臭を拾った。

「まさか、火事?!」







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