第8話 帰ってきた律子さん 「雪音ぇッ! 大変だぁッ! どうしよう?!」 「どうしたのよ? そんな声を出されたら営業妨害でしょ!」 まるで断末魔のような悲鳴をあげながら、お父さんが飛び込んできた。 ここは『北原写真館 撮影スタジオ兼、自称 北原雪音・宿題丸写しの部屋』 今日もあたしは、スタジオの端にある事務机で店番をしながら学校の宿題に精を出していた? 「はあ、はぁ、はあぁ。今、久藤さんからメールが届いて……」 「わかったから。それよりも脇に抱えているノートパソコンを降ろしたら?」 「あ、ああ」 持久走でもしてきたように息を乱したお父さんが、あたしのノートの上にパソコンを置いた。 「取り敢えず、これを見てくれないか?」 「え~っと、なになに……? 『ピンクの傀儡子さまへ。先日は、私の身勝手な要望にもかからわず、素晴らしい撮影をしてくださり感謝しております。 ……ですが、大変申し訳ないのですが、いささか困った問題が起きまして、改めて貴方様のお力を拝借できないかと考えております。つきましては、今夕にでも……』」 「雪音、どう思う?」 「う~ん。微妙なところね。ただ、少なくても前の撮影でハッピーエンドってことはなさそうだし…… もしかしたら律子さんの写真が逆効果で、それを目にした旦那様が激怒しちゃったのかな? お父さんったら調子にのって、初心者さんにけっこうきわどいポーズまで要求しちゃったから」 「……だとしたら?」 あごの先端から冷や汗を垂らせながら、お父さんがつぶやいた。 「その旦那様が怖ぁーい人たちにお金を渡して、お父さん、ボコボコにされちゃうかも? ううん、もしかしたら殺されちゃうかもね。うふふっ」 「ひぃぃぃぃッッッ!! イヤだ! まだ死にたくない!」 冗談のつもりだったのに、お父さんが金切り声をあげた。 そして、追い打ちをかけるように律子さんのか細い声が聞こえた。 「ひぃぃぃぃッッッ!! うっぅぅっ……僕……お先に逝きます……」 あたしとお父さん。それに律子さんは、この前みたいに地下スタジオに入ると、またまたこの前と同じように円形テーブルを囲むように座った。 「ごめんなさい。変なメールを送って戸惑わせてしまって……」 「いえ、こんなことは慣れっこですから。それよりも、父……じゃなかった。『ピンクの傀儡子に、お力を拝借』とありましたが、どういった内容でしょう?」 律子さんは、青白い顔のままスマホをいじるお父さんにチラリと視線を送った。 「ちょっと失礼。トイレに……」 お父さんは律子さんに視線を合わせることなく立ち上がると、1階へと続く階段へと向かった。 「あの、もしかして傀儡子様、お身体の調子が優れないのでは……?」 「ま、まあ……でも気にしなくても大丈夫ですよ。ちょっと昨日のカレーがあたっただけですから。食当たりですよ……おほほほほほ……おほんっ! ということで、お話は助手である北原雪音が承ります。なんなりと、お申し付けください」 あたしは、クッションの効いていない胸をドンと叩いた。 「え、ええ……実は、あの日の夜。思い切って私は、傀儡子様に撮っていただいた写真を主人に見せたんです。そうしたら、思った以上にあの人は興味を持ったみたいで……あ、あの……ベッドで久しぶりに……その……」 律子さんは、女○高生を前にして顔を真っ赤にしたままうつむいてしまった。 あたしは、ごくんと溜まった唾を飲み込むと、乾いたくちびるをペロリと舐めた。 「旦那様と愛し合えた?」 うつむいたままの律子さんが、小さく頷いて小さな声で言葉を続けた。 「ですが……その日、1回だけだったんです。翌日にはもう……」 「パソコンを相手にしていたと……?」 律子さんは、肯定するように低く嗚咽を漏らすと、封筒から数枚の写真を取り出しテーブルの上に並べた。 「あ、あの……若いお嬢さんにこんなモノを見せるのはどうかと思いますが、新たに主人のパソコンに入っていたデータをプリントしてきました」 「え~っと、ちょっと拝見……って?! け、結構……か、過激なんですね?」 あたしくらい。ううん、もっと年下の女の子が、お尻を床にひっつけたまま両足を拡げている。 柔軟体操? ……違う違う! 水着も下着も身に着けずに……まあ、大切な処だけはモザイク処理されているけど…… これって、あれでしょ? 18歳未満禁止っていう大人の人限定の写真集で……ってことは、あたしも見てはダメなのかな? でもでも、大胆! この子なんか、大股びらきしたうえに、おっぱいまで揉んでるし…… あっ! この子なんか両手で大切な処をひらいちゃってる! もちろんモザイク掛っているけど…… う~ん。なかなかやるわね。 「あ、あの……久藤様……それで……失礼しました。そ、そ、その問題とは……?」 その時、ほんの少しだけ顔色を取り戻したお父さんが帰ってきた。 相変わらず、気が動転しているのか? 日本語はメチャクチャだけどね。 「ちょっと、こっちこっち!」 そんなお父さんを、あたしは部屋の端へを引っ張った。 「お父さんって、血圧低めだったよね♪♪」
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