第4話  パワフルガール 雪音?



それから、あっという間に1年が過ぎちゃった。

相変わらずお母さんの里帰りは続いているし、頼りないお父さんはいつまで経っても頼りないまま。
でも、そんな環境だからかな?
あたしは、強く逞しく成長したと思うよ。
身体もちょっとばかりナイスバディになったし、心はお父さんの分まで超前向きパワフルガール?!

そうよ、女の子は適応能力が高いの。
いつまでも、くよくよしていられないんだからね。
ただし、バージンはそのままんまだけど……


そんなある日のこと……
あたしはスタジオ横にある事務机で、店番兼学校の宿題を片付けていた。
お父さんは、お店の奥でカメラをバラバラにしたりレンズを磨いたりしている。

ここは1階にある本当! の写真スタジオ。
入り口には大きめのガラスケース付きのカウンターが置いてあって、中にはいろんな種類のレンズや三脚なんかがぎっしりと詰まっている。
そして、壁に設置したショーケースや、その上には最新式の一眼レフカメラから時代に取り残されたフィルムカメラまで、こちらもまたぎゅうぎゅう詰めで並ばされている。

でもねぇ。あたし見たことがないんだな。
このレンズ君やカメラさんが、売られていくところ……
お父さんが、羽の付いた刷毛でお掃除している姿はしょっちゅう見かけるんだけど……

「ねえお父さん。この前のネガ、いくらで売れたの?」

あたしは、友だちから借りたノートを丸写ししながらお父さんに話しかけた。

「うん……8万円だったかな……昨日の夜、メールが入ってたよ」

「えっ? たったそれだけ?! あたし、ものすごく張り切ってがんばったのに……」

「仕方ないさ。お父さんの信用できる人を通じて、絶対に外部に流出させないって条件なんだから。個人でポケットマネーをポンと8万ってのは、結構すごいと思うよ。僕だったら到底無理だね」

「到底無理って……ひっどぉーい! お父さんは愛娘のヌード写真の価値が8万円以下だっていうの! あーぁ、あたしだったら、『雪音の肌を拝むなら、100万円でも安い』とかなんとか……えへ、ちょっと自惚れかな?」

あたしは舌を覗かせながらお店の窓に目をやった。
夕暮れ時の弱りかけた日差しに、通りを歩く人影は足長おじさんになる。

当然、ここ『北原写真館』の中も薄暗くなってきた。
因みに北原ってのは、あたしとお父さんの苗字が『北原』だから。
そして、あたしの名前は、北原雪音(きたはら ゆきね)
お父さんは、北原武雄(きたはら たけお)

ふふっ、でもお父さんの『武雄』って、全然合ってない気がするというか名前負けしているよね。
はっきり言って……

「いいなあ、並木さんのとこ……お客さんが、お店の外まで列を作ってるよ。今夜も大繁盛だね」

あたしは、北原写真館の斜め向かいにある、そば屋さんを指さしていた。
屋号は『そば屋 並木』

その隣には婦人服のお店。その隣のシャッターが下りたままの元八百屋さんを飛び越えてお肉屋さん。続けてクリーニング屋さん。
そんな感じで、駅前につながるこの通りは昔ながらの商店街になっている。
……といっても、駅前の再開発や街の郊外に出来たおっきなショッピングモールの影響で、このあたりのお店も半分はシャッターが下りたままになっているけどね。
俗に言う『シャッター通り商店街』って感じかな。

「そう言えば並木さんのとこ、先月からアルバイトで女の子を雇ったらしいね。僕はまだ会ったことがないけど……」

「ああ、その子ならあたし会ったことがあるわよ。まあ、目が合ったから会釈しただけなんだけど。いつも4時くらいにお店に入って、接客とかしている……えーっと、名前はなんて言ったかな……? たしか……」

「早野有里……だろ」

「そ、そうよ、早野さん……って! どうしてお父さんが知っているのよ?! 今、会ったことがないって言ってたじゃない。まさか、こっそり覗いていたんじゃ……?」

あたしは、振り返るとジロリと睨んだ。
でもお父さんは、必殺視線ビームを全身に浴びながら愛おしそうにレンズを撫でている。

「ま、まあ、いいわ。それよりも、女の子をひとり雇ったくらいでお客さんが押し寄せるなんてどうなっているのかしら? このお店にだってこんな可愛らしいマスコットガールがいるのに、さっきからお客さんゼロじゃない!」

「いや、ひとり来たよ」

「あれは、回覧板を持って来たお隣のおばさんでしょ! ホントにもう……」

あたしはホッペタを膨らませると、再び行列のできるそば屋を眺めた。
ちょうどその時だった。
擦りガラスの引き戸をひらいて噂の少女が姿を現した。

「お父さん、見て! あの子よ、ほらほら」

「ほー、結構可愛いじゃないか。というより、かなりのレベルだな。テレビで歌ってそうなアイドルより、こっちの方が上かもしれないぞ。なんといったって、化粧っ気なしのすっぴんであの美形だしな」

「そうよねぇ。悔しいけどあたしといい勝負の美人かも。それに、オレンジのエプロン姿にポニーテールの髪形って、なんだか男の人のツボに嵌まってそうで……って! やだぁ、お父さん。鼻息が荒いよ!」

あたしとお父さんは、窓の端に身を隠しながら覗いていた。
ふたり一緒に、あたしの頭の上にお父さんのあごを乗っけたまま、美少女と途切れないお客さんの姿を追いかけていた。

だからかな?
今日初めて訪れてくれたお客様に、全然気付かなかったのは……


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