第15話  Merry Christmas♪♪



          12月 24日 日曜日 午後8時40分   野村 春樹


「それにしても、坊や。今の悲鳴はなんだい。
そんなので、佐緒梨を守ってやれるのかい? ははははっ……」

「おばさん……」

「お義母さんとお言い!」

「うふふっ、春樹ったら……でもお陰で、わたしたち助かりました。
えーっと、副島さんでしたよね。どうもありがとうございました」

佐緒梨が、副島さんの前に進み出て頭を下げた。
僕もつられるように頭を下げていた。

「それにしても、チャーミングなお嬢さんですねぇ。
パートナーがいないのであれば、ぜひにでも、私好みの女性に仕上げてみたいのですがねぇ。
惜しいですねぇ……ククククッ……」

副島さんが低い声で笑った。
笑いながら、佐緒梨をというより、僕の顔を興味深そうに見つめた。

「あのぉ、副島さん……?」

「いや……失礼。君を見ていると、なんとなく懐かしい顔を思い出してねぇ。
ククククッ……春樹君だったね。今の気持ち、今のその姿を、いつまでも忘れないことです。
では、私はこれで……」

副島さんは、背中越しに手を振りながら去って行った。
滑るような足取りで、文字通り風のように……

「今の気持ち、今のその姿って……?」

僕はつぶやき、自分の身体に視線を落とした。

「いやだぁ、春樹。なによ、その格好。下着姿のまんまじゃない。
早く、服を着ないと風邪ひくよ」

「ふふっ、佐緒梨、あんたもだよ。ブラジャーとノーパンにスカートでは、あまり人のことを言えた身分ではないがね」

僕と佐緒梨は、慌てて部屋へ飛び込んだ。



「さあ、こんな商売ともこれでさよならだね。
『マッチ売りの少女の部屋』も、『サリー』も、これでおしまい」

おばさんは、ギギーッって音を立てながらドアを閉めると鍵を掛けた。
そして3人並んで外階段を降りていく。

「それにしても、佐緒梨にはひどいことをさせちまったね。
いくら住田に目を付けられているからって、毎晩、お前に辛いことをさせてさ」

「……ううん。そんなことないよ。この前、住田がここへ来たときにわたし、気が付いたの。
どうして、この部屋がベッドもないくらいに殺風景かって……
ふふふっ、これじゃ、セックスできないもんね。堅い床の上では、やっぱり痛いし、雰囲気でないし……
それに、わたしを妊娠させたくなかったんでしょ。だから、あんな変な商売を思いついて……
まあ、住田も稼いだお金の何割かを与えておけば、おとなしくしてくれたしね」

「ごめん、佐緒梨……やっぱり、痛かったんだ」

僕の脳裡に真っ赤に染まった裸体が浮かんだ。

「うん。でもね、春樹とならいいの。あれで、結構、気持ちよかったからね」

「こらこら、年頃の娘がそんなこと言うもんじゃないよ。
まあ、あたしにそれを言う資格はないがね」

階段を降り切った僕たちを待っていたのは、真っ白な銀世界だった。
シンと静けさを漂わせる、音のない世界。
男が乗り付けた車の轍も……
拭いようもない辛い記憶、哀しい思い出も、そのなにもかもが降り積もる雪に遠い過去へと消し去られていく。

お願いだ!
消えてなくして欲しい!

僕は、漆黒の空を見上げた。
佐緒梨もおばさんも空を見上げている。

「ところでお義母さん。本当に、あの副島という人と新しい仕事を始めるの?」

「ああ。あの男とは古い付き合いでね。今度オープンさせる店を任されることになったのさ。
と言っても、思いっきり女を鳴かせる相変わらずの因果な商売だけどね」

「いいんじゃない。お義母さんには向いていると思うよ。
……なんなら、手伝ってあげようか?」

「ははははっ、いや、遠慮しとくよ。それよりも、坊や。今、何時だい?」

「ええっとぉ……もうすぐ9時です」

僕は、携帯をひらくと浮き出る時刻を確認した。

「そうかい。それじゃぁ、まだ間に合うね。
これを返してやるから、ふたりでクリスマスイブの夜を楽しんできな」

おばさんは、僕の手に紙切れを2枚、握らせてくれた。
初めて会ったときの虚ろ気な表情も吊り上った瞳も、全ては幻だったように優しい顔で僕を見つめている。

「ありがとう、おばさん」

「だから、お義母さんとお言い!」

「それでは、おば……お義母さん、行ってきます。佐緒梨、行くよ」

「えっ?! 今から? それじゃ、ちょっと待ってて。着替えてくるから……」

「だーめ。もう、時間がないんだから。さあ、これを着て」

佐緒梨の肩に僕のジャンパーを羽織らせた。
驚く佐緒梨に、ニッて笑い掛けて手を繋いだ。

手と手を握りしめて、指と指を絡めて、僕と佐緒梨は走っていた。
真っ白な雪の道に、ふたりの足跡をしっかりと刻みながら、静かな静かなクリスマスの夜を駆けて行った。

聖なる日の贈り物を握りしめて……
聖なる日の贈り物を心に留めて……

もう永遠に手放さない聖なる日の贈り物に、ふたりの呼吸をひとつにして……

メリー・クリスマス……♪♪





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