第27話  新しい飼い主は誰?


篠塚美里の視点


それからまた1週間が経過して……

夕闇の迫る放課後。
わたしは裏門に身体を隠して、信人に視線を送った。
身長が美里と一緒くらいで、力強い眉毛。真ん丸の顔。お日様と仲良しを証明したような真黒に日焼けした肌。

その人は、いつもの電柱の陰からこっちに向けて視線を送っている。
電柱の横を生徒たちが通り過ぎるたびに顔を逸らせては、それでもまたこっちを見つめ直している。
篠塚美里という女の子の姿を探して。

黒川信人……わたしの大切な人……
美里の初恋の人で、ファースト彼氏になってくれた人。

「さようなら……バイバイだよ、信人……」

わたしは裏門を後にすると、正門へと向かった。
目頭が熱くなって、鼻の奥がツンとする。
だけど、涙は見せたりしない。きっと今夜は一晩中泣かされちゃうから。
ううん、これからもずっと。
だから、美里が今出来ることって走るだけ。
手を振って足が地面を蹴ると、身体が喜んでくれるから。

「ちょっとごめん。どいて! どいて!」

下校でごった返す正門を全速力で駆け抜けていく。
風を肌で感じて、リズムよく打ち鳴らされる鼓動にハートまで喜んでいる。

わたしは真っ直ぐに前を向いて走っている。
その先で待ち構える魔王のお城を目指して。
そのお城に巣くう悪魔に、この身体を捧げるために……


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黒川信人の視点


「ん? もうこんな時間か。美里のやつ、今日はやけに遅いな?」

オレンジ色の世界がくすんだダークオレンジに入れ替わり、俺は手にしたスマホを耳に当てた。
いつまでも続く呼び出し音のコール。
それが無機質な機械音声に変化する。

「出ないか……」

スマホをポケットに収めた俺の背中を嫌な汗が伝う。
妙な胸騒ぎを覚えた俺は、もう一度ポケットからスマホを取り出し耳に押し付けた。

「もしもし、ああ、俺だ、黒川だ。課長は……いるかな?……えっ! 今日はもう帰った?! ああ、そうか。わかった……」

応対に出たのは、建設部2課の事務員だった。
河添は、何も告げずに今しがた事務所を後にしたという。

いつもなら、夜の9時10時まで当然のように仕事をこなす課長がなぜ?
その課長が、ここ1週間は早めに退社していると?

料亭の件があって以来、河添は俺を遠ざけるようになった。
表向きの俺の仕事は、探偵のように美里に貼りつき彼女の内情を調査すること。
だが、俺と美里が出来ている。河添はそう読んだのに違いない。

「待てよ。そういえば美里も……?」

あれ以降も美里と俺は、夕方この裏門で待ち合わせてはデートを続けている。
だけどここ1週間は、ごぶさただったよな。
なんでも父親の門限が厳しくなったとかで、たいてい9時過ぎには彼女の自宅前でキスしてサヨナラして……
まさかとは思うが、あの後……?!

頭の中でスクリーンショットのように美里の姿が浮かんだ。
すれ違いのような会話。
足枷を付けられたような重い足取り。
なによりも、キラキラと輝いていた彼女の瞳がくすんだガラスのようになって、頬を引きつらせて笑っていたような……

「くそっ! 俺はなにをやってるんだか」

鈍感な自分に怒りが込み上げてくる。
『美里は、料亭の件がショックで尾を引きずっているんだ』
そう自分を思い込ませていた俺がパカだった。

河添は、美里にまで触手を……?! だとしたら、今夜は……?!

「性懲りもなく、またあの料亭で……」

焦りが血を沸き立たせて、俺の思考を鈍らせていく。

落ち着け、信人! 冷静になるんだ!
ここでお前が単身乗り込んだところで、美里は救えるのか?
決意を固めて身を差し出した彼女の心を取り戻せるのか?

5分、10分と時だけが無情に流れていく。
そんな過熱しきった頭に、ある女性の姿が浮かんだ。

「そうだ。あの人だ。あの人なら美里ちゃんを……」

俺は走っていた。彼女の暮らすあの街並みを目指して……


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篠塚美里の視点


薄暗くて狭い畳敷きの部屋で、わたしは天井を仰いだ。
そのまま両手だけを動かして、身に着けていた制服を1枚ずつ剥ぐように脱いでいく。
制服だけじゃない。ブラもパンツも……

襖を挟んで漏れ聞こえてくるのは、新しい生贄を待ち望む男たちの歓声。
そして、耳の鼓膜にリピートされるのは、悪魔の顔をした河添と美里との取引。

『わたしが言うことに従えば、約束は守ってくれるんでしょうね?」

『ああ、もちろん。今夜のショータイムが成功すれば、今後典子には手出しはしない。あいつの望む夢も、直ぐにとはいかないが必ず叶えてやる。俺のプライドを賭けてな』

『そう、なら構わないわ。アナタに協力してあげる』

『ふふっ、協力か。まだまだ小便臭いガキだと思っていたが、いい度胸をしている。だがな、俺の女の扱いはハードだぜ。これからも俺の女としてやっていけるのか?』

『大丈夫よ、安心なさい。美里は……』

「拓也の女だよね。これからも永遠に……」

わたしは自分の覚悟を声にした。
隣の部屋からは美里の飼い主になった男が、軽快な口調で場を盛り上げている。
そろそろ、時間のようね。

わたしはバッグに忍ばせてきた道具に目を通した。
それを身体に貼り付けると、もう一度制服を身に纏っていく。
ただし、ブラとパンツはバッグの中に押し込んだままで。

「皆様、大変長らくお待たせしました。今宵のショータイムは、屈辱だったあの夜のリベンジでございます。どうか、皆様。お気に召すまでお料理とお酒。そして今夜のために厳選した特別ディナーをどうかご賞味くださいませ」

いくわよ、美里!

「絶対に失敗なんかしないから。典子お姉ちゃんに出番なんて譲らないから!」

わたしは襖に指を掛けると、静かに開いていった。


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