第6話 想い人の唇を避妊具に込めて


身体を捧げるパートナーもいなかった処女のわたしには、無用なアイテムだと思う。
それを知った上で、こっそりとネット注文して、届いた商品をひと包みだけ取り出すと、スカートのポケットに隠し入れてきたの。

だけど、こんなところで勿体ぶったって仕方ないよね。
そう、避妊具の王様、コンドームのこと。
男の人のアソコにこのアイテムを装着させると、妊娠なんて100パーセント有り得ない魔法の道具なの。

「ちょっと、借りるね」

わたしはさり気ないを意識して、リコーダーを持ち上げた。
ベックと呼ばれる、唇を当てて息を吹き込む部分を凝視する。

楽譜を見ながら、その人の唇がここを咥えて。
メロディを奏でるたびに、薄い三日月形の入り口に舌が触れて。
きっと甘い味がする唾液だって……

想像、妄想、横目で追いかけた狂おしい記憶。
それがもはや、自分の所有物ではないプラス、楽器という概念も頭の中から消え失せて……

「ちゅっ、ちゅぷっ……」

心の込もった口づけをしていた。
同時に鼻腔を拡張させて、あさましく匂いも嗅ぎ漁っていた。

このまま一気に咥え込もうとして、わたしの目が泳いだ。
唇がアルファベットの『O』の字を描いているのに、左手の指が摘まんでいたコンドームの存在を主張する。

「そうだよね。これは大切な儀式だから……」

わたしは名残惜しそうに呟いた。
そして右手のアルトリコーダーと、左手の避妊具と、どちらかと言えば利き腕の方に比重を置いて見つめていた。



その避妊具は、ゴムなのにヌルッとしていた。
パッケージにジェルたっぷりと裏書きされてたのは、こういう意味だと理解する。

それをわたしは、アルトリコーダーに装着させている。
曲線と真円が組み合わされて造られた先端部分を覆うように、リング状になったコンドームを慎重に引き下ろしていく。

愛のベッドインをする時って、男の人と女の人。
どっちが硬い肉の棒に嵌めてあげるの?
薬局とかで買うとしたら、どっちが買うの?

「これで、いいのかな?」

どっちでも構わない問い掛けは、答えを聞けないままに、わたしはアルトリコーダーを見つめた。
まるで銀行強盗でもするかのように、ストッキングを頭から被った感満点の姿に、「くくっ」と低く笑ってあげて。

女の人に赤ちゃんを作らせないアイテムだからかな。
薄い肌色をしたコンドームは、長さがわたしの腕くらいありそうなリコーダーのボディを半分くらい覆っている。
口をひっつける先端の部分から、指を当てて音を鳴らす穴の一つ目、二つ目くらいまでをピッチリと。

「すぅ~っ……はぁ~っ……」

両手を斜め下で拡げて、深呼吸を3回繰り返す。
全く効き目を感じないリラックスのおまじないをして見せると、わたしは空になった肺の中に空気をいっぱい吸い込んだ。
そして……

「す、好き……だったの。わぁ、わたしね……あなたのことが、とっても大好きで……だからぁ、だからぁっ!」

いつのまにか濃厚な夕暮れの教室で、胸に秘めた想いを今こそと、口にした。
1週間、起きてる時も寝てる時も、お食事して、お風呂に入って、おトイレしている時だって。
ずっと、ずっと、脳ミソをすり減らして愛の告白を猛勉強したのに……なのに、全然……

「あぁ、あの……見ていてください。あなたのことが大好きになった変態のわたしを、ちゃんと席に座って……好きなだけ、覗いてください……」

本命だった告白の台詞は、沸騰した脳ミソに溶かされていた。
飾りっ気を失われたシンプル過ぎる単語だけ行列させて、わたしは喉を張り上げる。
自分が自分でなくなりそうなアブノーマルな初恋を、完成形へと持ち込もうとあざとい台詞だけ追加させて。

カチ……スス……シュル、シュル……ファサ……

学校から帰ってきて普段着にお着替えするように、ウエストに巻き付いたヒダスカートが落下する。
ワックスの匂いがきっとする床の上で、揃えた上履きを囲むように、濃紺な輪っかの華を咲かせた。

「あぁ……やぁ、くうぅぅっっ……!」

そのつもりでスカートまで脱いだのに、言葉にならない呻きを上げた。
引っ込み思案で、壁に咲くウォールフラワーみたいな存在のわたしは、告白の証を披露させて、本気の恥じらいを覚えていた。

この時のために、新品のブラジャーで胸は覆ったのに、お揃いで購入した花柄ショーツは、わたしの部屋でお留守番。
今はそのブラも失って、もちろん下半身は……?

♪♪……♪♪……

「ヒャアァッ!」

夕暮れの終わりを告げるように、チャイムが鳴った。
わたしは情けない悲鳴を上げると、その身を委縮させる。
そして肌という肌に湿っぽい冷気を感じて、思い知らされていた。
学びの教室で、取り返しのつかない全裸になっていることに……


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