第13話

 つい半年前までは古ぼけたアパートで暮らしていたが、いつも優しく出迎えてくれる夫がいた。
 経済的には楽ではなかったが、それを超越した幸福感がそこには存在していた。

 昨年の秋にグランデール宮城の専属サロンになって以来、結婚式の前撮りや披露宴のミーティング、打ち合わせ、ドレス選びと息もできないくらい忙しい毎日が続いた。
 式場のプランナーとの打ち合わせが終了するのは、いつも深夜12時を過ぎていた。

 円満な夫婦生活に亀裂が生じたのは、ちょうどその頃だった。





「なぁ、藍子、おまえ男でもいるのか?」

 ある日、夫の武彦が言った一言が引き金となった。
 その日の武彦は、かなり酒によっていて、帰宅したのは午前2時を過ぎていた。
 藍子はミーティングを終え、一足先に帰宅していたのだった。

「……」
「何か言え!」
「……どういう意味?」
「だから、男がいるのか聞いてるんだ!」
「本気で言ってるの?」
「ああ本気だ! 図星だろ!」
「……」
「それみろ!やっぱりそうだろ!」

 藍子は、否定の言葉がすんなりとは出てこなかった。
 そして亀山と相川の姿が目に浮かんだ。

「酷いわ!」
「酷い? 酷いのはどっちだ!」
「それに……」
「それになんだ?」
「何か証拠でも……?」
「証拠? はっはは~、おまえの態度そのものが何よりの証拠さ!」
「……」
「最近、帰宅するとすぐにシャワーを浴びるし、俺が誘っても拒むし……」
「それが証拠? 私だって疲れてるのよ!」
「疲れてる? ははは~、セックス疲れか?」
「えっ……?」
「俺は勘が鋭いんだぞ! バカにするのもほどほどにしろ!」

 確かに武彦の勘は鋭かった。
 夫以外の男性と肉体関係を持ち、今もなお継続している。
 心こそ奪われていないものの藍子の肉体は快楽に喘ぐ亀山の性奴隷と化していた。

 そしてこの日以来、二人の間に会話が消え、3ヶ月後には武彦から離婚届が手渡された。





 部屋に入り照明をつけると、見慣れた情景が照らされた。

 藍子は武彦と離婚した後、このマンションをローンで購入した。
 頭金の500万円は、全て亀山が支払った。

 部屋の片隅に置かれている写真立てには、藍子と武彦の仲むつましい姿があった。
 写真に写る藍子は、純白に輝くウェディングドレスを身にまとい、武彦はいとおしそうな眼差しで藍子に微笑んでいた。
 武彦との離婚が成立した時、二人の思い出の品は殆んど処分したが、この写真だけは捨てることができなかった。

 藍子は自らの夢を実現させるために努力を重ねてきた。
 そしてその努力を陰で支えてきたのが武彦だった。

 写真を見ながら幸せな新婚生活を思い浮かべると、藍子の孤独感は一層強くなった。

 しかし亀山との行為中は、そんな孤独感から開放された。
 絶頂時の快楽の波が体内に宿り、その孤独感が押し寄せる度に肉体が亀山を求めていた。
 藍子の肉体は、もはや亀山の支配下に置かれ、引き返すことができない身体に変化していたのだ。


 突然、携帯電話が鳴った。
 亀山だった。

「もしもし、わしだ」
「社長、こんばんは……」
「明日の夜、時間あるかね?」
「あ、はい、9時過ぎでしたら大丈夫です」
「9時過ぎだな?じゃ待ってるぞ!」
「わかりました、失礼します。あっ、社長!」
「うむ?なんだ?」
「久しぶりに相川さんもご一緒できませんか?」
「何!相川もか?」
「はい。その方が楽しいですわ、うふふ……」
「そうか… じゃ、相川君にも声をかけてくれ!」
「わかりました!」


 電話を切り部屋の窓ガラスを見た。
 藍子はそこに映し出されている自分の姿が、冷酷で醜い性奴隷に見えた。
 そしてその姿の向こう側には、きらびやかな夜景が幻想的に広がっていた。





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若き美貌作家真理子さん
人は愛に生き、性に溺れ、時には野心を抱く……
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