後編(6)

「…次はお尻にしましょっか」
「ッ…嫌ッ…も…やめてぇ…!」

 薫子の頬を、大粒の涙が伝う。
 だがそれで許されることはなかった。

 妖子がニッコリと、無邪気に微笑む。
 それを合図のように、今度は薫子の白い臀部に鞭が飛んだ。

「どうかしました? 山岡様」

 聞かれた声に、ミチルはやっと我に返る。

「鞭はお気に召しませんか?」

 魔御が楽しそうに微笑している。
 だがミチルは、それに返すことも出来なかった。

 怖かった。
 あんなことが目の前で、平然と行われていることが。
 泣き叫ぶ薫子の腰の辺りに、赤い筋が見える。

「怪は本当に腕がいいから。思いきり当ててないみたい。
 加減しなかったら、間違いなく裂けてるだろうし」

「さけ…」

 痛そう。
 薫子が泣いてる。
 最初は軽く、いい気味だと思った。

 けど、回数が増える毎に、ミチルの体が震えていった。
 自分のせいで、あんな目に合わせているなんて。

「…あまり楽しくなさそうだなぁ。妖子様に言って、別の責めにしてもらいます?」
「別…?」

「例えば、蝋燭とか、体を切り刻むとか。三角木馬とかもあるし…あ、ギロチンなんかも楽しいですよ?」

 ミチルは、自分が青ざめているのがわかった。
 全身から血の気が引いているのだ。
 怖くて、恐くて、泣いてしまいそうになる。

「…何なら…僕の特製の媚薬で…狂わせてみようかな。動物実験したかったんだ」
「かっ…薫子は動物じゃな…」

「ぃヤァアァッ! そこはダメェーッ!」

 不意に薫子の甲高い悲鳴により、ミチルの声が掻き消される。
 ミチルは思わず薫子の方を向き直した。

 怪の持つ鞭が、薫子の太腿を撫で下ろし、股間をピタピタと叩いているのだ。
 次に打たれる場所を予告され、薫子は狂いそうな程叫んでいる。

「だって、背中やお尻なんて、そんな楽しくないっしょ?
 そこ叩かれたら…ホントに狂っちゃったりして…」

 妖子の不敵な笑みに、薫子は息を飲む。

「ぃや…もぉ…許してぇ…」

 薫子の声を無視して、怪の腕が高く上がった。

「ッ…もうやめてぇ!」

 ミチルが、思わず叫んでいた。
 堪えられなかった。

 薫子のことが許せなかった。
 友達だと思っていたのに、あんなことをされて。

 けれど…。
 泣いている薫子をこれ以上、傷つけたくなかった。

 だって…

「みち…る…?」
「…薫子を…私の友達を、傷つけるのはもうやめて…ッ」

 友達だから。
 どんなに許せないことだったとしても。一度は本当に信じた親友だから。

 ミチルの存在に初めて気付いた薫子は、呆然とミチルを見つめていた。
 泣きながら、床に座り込んだミチルを、ただ見つめていた。

 ソファーに座ったまま、妖子がふっと息をつく。
 そして柔らかく微笑した。

「魔御。薬をお願いします。今回の仕事はこれで終わり」

「え?」
「妖子様ッ! しかし…」

 魔御も怪も、予期していなかった終了の言葉に驚いている。
 だが、もっと驚いていたのは、少女達だったであろう。

 当の妖子は、何?と首を傾げる。

「折角興が乗って来たのに…」
「それにこの女は、妖子様を愚弄したのです。この程度の責め苦で終わらせるなど…」

「魔御。怪」

 怪の不満と魔御のつまらなそうな表情は、妖子のその言葉に止められた。

「あたしのゆうことが…聞けないんすか?」

 その低い声と真っ黒な笑みに、二人どころかミチルも薫子も硬直する。

「め…滅相もありませんっ」
「妖子様のご命令に従います…」

 当然…と、二人は心の中で思っていたに違いない。
 怪が薫子の拘束を解き、魔御が薬を持ってくる情景を、満足そうに見つめる妖子がいた。



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