後編(7)

「ヒッ…もっ…だめぇぇーーっ!!」
「あぅっ…くっ…ふぁあぁんっ!」

 二人がほぼ同時に果てる。
 少女の体が床に滑り落ち、百合子は内部に入っていた玩具が抜けて気絶寸前であった。
 少女のほうは、いつまでも止まらぬ玩具からの責めを止めようともがくが、もし罰を受けたらと思ったのか、そのまま悶えている。

 そんな二人に、妖子が歩み寄った。

「ねぇ先生、気持ちよかったでしょう?」

 百合子は、無意識に頷く。

「あの人の奴隷になったら、一生こんな風に可愛がってもらえますよ? 快感に酔っていきまくる最高の人生」

 妖子の言葉は、理不尽で不可思議なはずだった。
 なのに百合子の脳内に、それもいいかもしれないという思いが過ぎってしまう。

「また退屈な教師に戻れますか? こんな快感を味わったのに」

 戻れる訳がない。
 こんな快感を味わってしまえば。人間は快楽に弱い。
 性的な快楽には尚更だ。百合子は他の女より、快感に弱いタイプだった。

「隷属するなら…あなたの消えた後の処理はきちんとしときやす。さ…選んで」

 答えはもう決まっていた。
 薄れる思考やぼやけた視界に写る男の姿を見つめ、百合子は譫言のように呟く。

「奴隷…に、なり…ます…」

 わかって言っているのか?
 と妖子は苦笑したが、とりあえず言葉は聞いた。

「…橋本様、聞いての通りで」

 男が笑う。
 調教を終えた少女奴隷と、思わぬ収穫となった新しい奴隷をつれ、男は夢の世界から消えていった。

 後に残ったのは、乱れ体液に汚れた部屋に、黒いボンテージ姿の妖子。
 前髪をかきあげると、その緋色の瞳が鈍く光る。

「さて。そろそろうちのペットにも…会いにいきやしょうかねぇ」

 紅い瞳はけして笑っていなくて、口元にだけ卑猥な笑みが浮かぶ。
 そばの鏡に少女の姿はなく、そこには少し背の高い、髪が足首の辺りまである美女が写っているだけだった。

 鏡に写った女は、真っ黒なボンテージを着ていた…

*---

 時はそれから半日程経過する。
 学校の屋上に、今日も鬼人はいた。だが少々機嫌が悪そうだ。

 昨夜から、暇つぶしの奴隷の『気』が見えなくなったからだ。
 折角楽しめる玩具を見つけたというのに、気配が読めなくては遊べないじゃないかと、手摺りにもたれかかる。

 そろそろ来てもいい頃だと思った矢先、屋上へのドアが開く。
 顔をあげた鬼人は、ニヤニヤとしたあの人を喰った笑みとは似ても似つかない、驚愕した表情になった。

「あ…妖、子…」
「久しぶりっすねぇ…鬼人」

 真っ黒な髪と長いワンピースの裾が風に揺れる。
 妖子の口元に浮かんだ笑みを見て、これ以上下がれない位置だというのに、鬼人後ずさる。

「捜しやしたよ? お前ってば、気配を消すのが上手いんだから」

 妖子はゆっくりと一歩踏み出す。

「さて…何か言いたいことがあるなら、聞いてあげやすぜ? 当然、覚悟はできてんでしょう?」

 前髪が風になびく。
 見えた紅い瞳は炎というより血に近く、まるで飲み込まれそうで。
 鬼人の脚が震え、その場から逃げることもできないでいた。

 また一歩、と妖子の脚が進む。その重圧に耐え切れず、鬼人が頭を抱えて座り込む。

「妖子が悪いんだ! 俺のことほったらかしにするからっ…
 怪や魔御のことはちゃんと構うくせに、俺のこと全然構ってくんないから!」

 その叫びに、妖子は脚を止めてキョトンとする。しゃがみ込んで震える鬼人の声が若干滲んでいる。

「…もしかして…寂しくて家出したんすか…?」

 妖子の言葉に、鬼人は小さく頷く。

「…狡い…あいつらばっかり…俺だって…妖子ともっと…」
「…先生奴隷にしたのは?」
「…女に、触ってたかった…」

 そんな鬼人の言葉に、妖子頭を抱える。

「…そういやぁ…確かに…怪は基本一日顔合わせるし、魔御は自分からくるけど…お前はこれませんもんねぇ…」

 料理担当な上、案外意地っ張りな性格の鬼人だ。
 きたくてもプライドは許さず、甘えるのもやり方がわからなかったのかもしれない。

「…甘えていいんすよ? ほら、おいで?」

 怪のようにわかりやすくもなく、魔御のように自分の気持ちを正直に話せるタイプでもない。
 溜め込んでいたのかもしれない。

「…も、怒ってねぇ…?」
「怒ってやすよ。心配したんすから。…だから罰として…」

 不安そうに顔を上げる鬼人の側に来て、柔らかいその髪を撫でてやる。

「今日から一週間は離してやりません。あたしの相手をなさい」

 その言葉に、暫くほうけていたが、妖子の笑顔を見るときっとこれからの自分の一週間が悪いものにはならないことが想像できた。
 まるで母親に甘える子供のように、鬼人はそのまま妖子に抱き着く。
 その髪を撫でながら、妖子が柔らかな笑みを浮かべた。

 そんな二人の側の手摺りに、白い粉雪が舞い降りる。

 初雪のようにそれは白く、甘く、冷たいもので。
 触れた主の唇は、本当に雪のようだった。






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妖子



















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