前編(9) その名を魔性と、呼ばれた魔女。 聖母と呼ばれた女の名を与えられた、麗しい獣。 彼女は魔王すらも、恍惚とさせた。 しかし魔性は魔王の指をすりぬけ……自由を求めた。 『いつか…いつか…』 『籠ノ鳥』 『もう一度…』 『愛サレヌ魔女』 『君と…』 『淫ヲ喰ライ、卑猥ニ生キルノガ運命』 「……いい加減…開放してくれや…」 涙はとうに涸れ果てた。 苦しくもない。 けれども、ケレドモ。 虚しさばかりが空っぽの胸を突き抜けるのが、終焉わらないのだから。 *・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・* 呆然と天井を見ていた妖子は、ふとドアの向こうからの気配に気付く。 (…この子達も不器用というか…) 多分、いつものように気まずそうな顔をして、どうやって不機嫌な主人をなだめようか押し問答をしているのだろう。 なんともほほえましい構図である。 可愛い、可哀相な愛玩動物達。自分なんかを主と疑わず、素直に甘えて求めてくれる…悲しい獣…。 静かにドアの方を見つめ、妖子は微笑む。 「いつまでそこにいるんすか? 入っていらっしゃいな」 妖子の呼びかけに、あまり間をおかずにドアが開く。三匹の馴染んだ使用人達が、きまり悪そうにこちらを伺っていた。 「別にお前達に怒ってる訳じゃないんすから。ビビらなくても叱りやしやせんよ」 クスクス笑い、妖子が手招きすると、三人は戸惑いながらもそばにくる。 「…ホントに、大丈夫ですか?」 「えぇまぁ。夢見は悪いすけどね」 足元に膝まづき見上げてくる魔御の頬を、そっと足の甲で撫でてやる。 「ご気分が優れないなら何か…」 「何もいりやせん。お前達の顔を見たら元気になりやしたよ」 側に立つ怪に櫛を差し出すと、怪は静かに妖子の髪をとかしだす。 「…飯、食うなら作るけど?」 「そりゃ嬉しい。けど今は…」 少し離れてこちらを見ている鬼人にさらに手招きをし隣に座らせ、髪を撫でてやる。 「…お前達と…こうしていたいんすよ…」 それきり誰も何も言わなくなり、三人の奉仕が続く。 ……あぁ幸せだ。 そう感じる。 このまま、死んでしまえたらいいのに。 ……そう、感じた。 *・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・* ダリアが目を覚ましたのは、半日過ぎた頃だった。 体の痙攣は止まらず、指一本動かすのも億劫なほど疲れていた。 本当に死んだかと思った。 思い出すだけで、体中が沸騰しそうなほど。 もう一度味わったら、壊れるだろう。 もう一度味わえたら、今度こそ堕ちる。 必死に自分を繋ぎ止める、愛しい男の声。 『高貴の娘…愛しいお前…』 あの人がいればいい。あの人は自分だけの物だ。 そう、願っていたのに。 『--…お前は、魔性に勝てるかな?』 彼が愛しているのは魔性。 マリアなのだ。 ダリアは知っていた。 あの人はマリアに特別なものを与えた。 あの人はマリアを自由にした。 あの人はマリアが逃げ出すことすら、愛しんだ。 あの人は、マリアを殺したい程愛している。 あの人はそのために、マリアに憎まれようとしているのだから。 前頁/次頁 |
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