前編(4)

溜息をつきつつ、怪は未だ朦朧としている鬼人の側にくる。

「動けそうにないな。運んでやるからしっかり休め」

返事は聞かずに、怪は鬼人の体を抱き上げてベッドがわりの檻にいれた。
鞭傷や火傷が目立つ白い体は、ほんの少し動かされるだけで激痛を感じるらしく、鬼人は眉を潜めて呻く。

「…い…てぇ…」
「そうだろうな。鞭の痕が尋常じゃない。気絶した後もやめなかったようだ…妖子様にしては珍しく荒れていらっしゃる」

時期夜が明ける。それまでに気が紛れればよいのだが…。

*---

明かりを消した部屋は、相変わらず黒に埋め尽くされている。八つ当たりをしてしまった。鬼人は悪くないというのに。

(似ているとかじゃない。あれはあの子だ)

あの転校生の少女。妖子には覚えがあった。
あの男の側にいた少女。夜色の髪と夜色の瞳をした少女だった。いつだって憎しみのこもった瞳で自分を見つめていた。美しく気高い少女。
あの子は…。

(あの子はあたしの…)

痛みが走るのは瞳の奥。彼女の罵声も絞められた首も涙も、覚えているのに。

(どうして今になって…一体何を…)

わからない。考えれば考える程嫌な感触しか思い出せず、死にたくなる。

彼女の目的も、自分にたいしての気持ちも、何一つわからない。
そう…わからない。

(…まさか…ね)

脳裏を過ぎる予想。信じたくないという願い。
妖子は天井にむかって伸ばした指を見つめながら、ゆっくりと瞳を閉じた。
光がまだ少し見える。瞼越しの光が、眩しく感じた。

*---

「おはよう、妖子ちゃん」

教室に入って来た美羽の声に、妖子が顔をあげる。

「…おはようございやす」

なるべく大人しくと、昨日はまともに会話もしなかった。
美羽のほうもあまり寄ってはこず、転校生へのクラスメートからの質問責めににこやかに答えていた。

「昨日はちっともお話できなかったから…今日はゆっくり話せるわね」
「そうっすね」

席に着く美羽は、少し吊り上がった目を細めて笑う。

「妖子ちゃん、あたしのこと覚えてる?」

その質問に、妖子は即答できなかった。言葉を濁しながら苦笑すると、美羽が髪をいじりながら口端をあげる。

「あたしは覚えてる。ずっと昔に、何度も会ったの」

彼女は物語を話すように、そう呟く。

「あたしはあの時、お姫様だった。誰からも愛され必要とされ、可愛がられた。あの人だって優しくしてくれた。だからあたしは自分がお姫様だって疑わなかったの」

亜麻色の髪が窓からの風で少し揺れる。

「だけどそれはみんなが感じていたこと。あたし達が特別な訳じゃないと気付いたのは、貴女が現れてからだった」

美羽の言葉から視線をそらそうと教室を見て、ふと気付く。誰もいない。
朝の教室だというのに誰もいないではないか。
いや、そういえば……

ここは教室だったのだろうか……?


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