後編(7)

意識がぼやけ、段々とハッキリしてくる。
陽菜は静かに目を開けた。

「ヤダ…私ったら眠ってしまったのかしら…けど夢の中でナツを見ていない…」

夜までのお楽しみということだろうか。

「あら…?」

瑠璃がいない。いつの間にいなくなったのか。

「私の許可なく奉仕を辞めるなんて…見つけたらお仕置きしないとね」

舌打ちし、陽菜は椅子から立ち上がる。そこでふと違和感に気付いた。
外が見えない。自分は窓の隣にいたはずなのに、窓がないのだ。

そして部屋は確かに自室なのに、ドアもない。
出入口がない。

「…これは…どういうこと? 私…変な夢を見ているの…?」

思わず後退り、壁に体があたる。ない。すべてが自室と同じなのに、窓とドアがない。
そして。

「…これは…」

壁の感触の違いに、陽菜は思わず振り返る。

違う。
これは自室の壁ではない。コンクリートか鉄のような、真っ暗な壁。部屋の中がいつの間にか、殺風景な物に変わる。
あるのは黒く汚れたベッド一つ。

「…嫌よ…なんて嫌な夢なの…悪趣味過ぎる…!」

早く目覚めないと、おかしくなりそうだ。
陽菜は自分の腕を抓る。

「痛!」

痛みがある夢。それでは目覚められない。

「こんな夢ッ…!」
「アンタ、意外と馬鹿だな」

不意に聞こえた声に、陽菜は誰もいないはずの部屋を見渡した。

「貴方はっ…」

そこにいたのは、白銀の髪の少年。鬼人だ。
入口もないのに、一体どこから…。
始めからいた?
そんなことはないはずだ。それなら一体…。

「…貴方がいるってことは…やっぱりここは夢の中なの? 妖子の館なの? どうして私はここにいるの?」
「…質問の多い奴だ」

壁にもたれていた鬼人は、頭をかきながら陽菜の言葉を受け流している。

「こんな悪趣味な夢ゴメンだわ…早く目覚めさせて!」
「それはできない」
「ッ!」

陽菜の言葉を一蹴し、鬼人はゆっくりとこちらに視線を向けてくる。
光のないこの部屋。
何故こんなにハッキリ見えるのか。窓やドアがないのに彼がここにいるのはやはり夢だからなのか…。
考えがまとまらず苛立つ陽菜をよそに、鬼人は溜息をつく。

「アンタ…もしかして気付いてないのか? ここが何なのか」
「何って…私の夢じゃ…?」
「半分当たり。半分ハズレっすね」

不意に聞こえた声に、陽菜は再び身構える。
この聞き覚えのある声と話し方は……

「妖子ッ…!」

まさかと思い横を向く。ゆっくりと、妖子が現れた。

「お久しぶりで。これですべての御依頼完了しやしたよ」
「…何ですって?」

どういう意味だと睨み付けると、妖子は髪を靡かせながら脚を進める。

「近江様の御依頼は、『青山魚月を性奴隷にすること』。彼女は奴隷宣言をしたし、現にアンタは手に入ったといった。」
「だから何よ…」
「その代償がなんだったのか…お忘れで?」

代償。魚月を落とす為に使った薬達。
その代償は陽菜の命。

「…まさか…」
「彼女が堕ちたその瞬間、アンタの望みは叶ったと見なされやした。というわけで、代償をいただきやす」

ニッコリと微笑む妖子とは対象的に、陽菜の顔が青ざめていく。

代償は命。
つまり、陽菜は死んだということだ。
ここにいる陽菜は魂だけの存在。

「そんなッ…死んでからの話じゃないの!? 手に入れたって…ほんの一瞬じゃない! 嫌よ…こんなの認めないわ! 不条理すぎる!」
「不条理? アンタ何言ってるんで?」

今にもつかみ掛かりそうな陽菜の声に立ち止まり、妖子はゆっくり振り返る。



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