第1章 第2話「伊藤敬介の優越」














第1章 第2話「伊藤敬介の優越」

 伊藤敬介はニヤついていた。
 今年の四月から高校一年生の担任となり、この当日が来るのを今か今かと楽しみにしてきたものだが、ついに検診実施日が来てズボンの内側がテント状に膨らみ上がった。

 ショーツ一枚での身体測定――。
 その後は最後の下着も脱ぎ、全裸での検診が待っている。

 女子にとっては地獄だろうが、それに立ち会う権利を持つ敬介にとっては、生徒達の初々しい姿を公然と拝むことのできる最高の日だ。
「今日はわかっていると思うが、検診のために男子は登校禁止になっている」
 教卓に立った敬介は、席に集まる女子生徒の面々に向かって言い放つ。
「ほけんだよりにも書いた通り、過剰な恥ずかしがり方をされると、せっかく来て下さっているお医者さんや職員の方々に迷惑がかかるんだからな?」
 見渡せば、女子全員がそれぞれの表情を浮べていた。
 たった今から顔が赤らみ、初めから涙を浮べている者。憂鬱そうで、具合が悪そうに見えるほど青ざめた者。自分は平気だと言わんばかりに気丈に振る舞った表情をしているが、実際のところ頬の色が赤らんでいたりもする。
「学校としては、こちらから医師や職員の方々に声をかけ、来て頂いている立場だ。失礼な態度があってはならないのは当然として、『お願いします』『ありがとうございました』の挨拶も絶対に忘れてはいけないぞ?」
 ひとしきりの注意を行う。
 それから、敬介は生徒達に指示を出す。

「ほら、時間だ。もう服を脱げ」
「…………」

 無言、沈黙。
 敬介の言葉ですぐさまブレザーのボタンに指をかけ、脱ぎ始めようとしているのは、ほんの一部の女子だけだ。残る大半は敬介に対して嫌そうな顔を向け、男性教師にまじまじと見られながら脱ぐことに抵抗を感じている。
 それもそうだろう。
 見られながら脱ぐなんて、それでなくともやりにくいことだろうが、しかも敬介のルックスは老けて醜い。歳で髪は抜け落ちて、脂質の髪がいわゆる河童ハゲの形に抜け落ちて、肌色の輝きを放っている。頬はブルドッグのように垂れており、鼻もブタと同じ平べったさで、どう言葉を取り繕っても、敬介のルックスの悪さは変わらない。
 入学式のあった当日など、担任として初めて顔を見せただけでも、「うわっ、キモ!」と言わんばかりの引き攣った表情が広がっていた。もちろん、わざわざ声を出して笑ったり、中傷するほど酷い生徒はいなかったが、男女共々敬介の顔にまるで良い印象を抱いていない。
 生徒が悪いというより、敬介の方がそれほどの顔なのだ。
 もしかしたら、ルックスどころか性格面の汚さまでもが浮かび上がって、子供達は無意識のうちに察知しているのかもしれない。
 そんな敬介が、ごく平然と教室の様子を眺めている。
「どうした? さっさと脱げ!」
 怒声を飛ばしてすらいる。
 そうすることで、やっとのことで女子達は脱衣に動き出し、それぞれのブレザーボタンに指を絡めて外し始める。

 するぅ……しゅる……。

 ブレザーの引き抜く衣擦れの音が広がり、教室全体が少しずつワイシャツの白色に染まっていく。
「よーし、ちゃんと脱いでるな?」
 敬介はおもむろに立ち上がり、さも生徒達の様子を見回る態度で、一人一人が脱いでいる姿を伺いに歩いた。
 経験上、ワイシャツ以降を脱ぐ女子というのは、みんな机の下に隠れてしまう。せっかくの脱衣風景が見えにくくなってはたまらないので、こちらから出歩いて、一人ずつ様子を確認してまわるのだ。
 平常授業の中でなら、当たり前の光景だろう。
 だが、敬介は生脱ぎを干渉する目的で、しかし態度としては真面目な教師が生徒達のおふざけを許さないような顔つきで、席のあいだを歩んでいる。
「ほら、手が止まっているぞ」
 敬介は立ち止まり、わざわざ上から見下ろしながら注意した。
 その生徒の名は平沢千奈美だ。
 ワイシャツのボタンを途中まで外していたが、敬介がやって来るのを見て、通り過ぎるのを待とうとしていた。まるで恐怖から身を守るように自分自身の身を抱き締め、じっと息を潜めていたものだから、これはと思って注意してやることに決めたのだ。
「脱ぎなさい」
 重々しく、敬介は言う。
「……はい」
 千奈美は悲しそうな声を上げ、黙々と残りのボタンを外し始めた。敬介に背中を向けて丸まっているため、肌がしだいに開ける前の様子は見えないが、袖を引き抜き、そして上半身はブラジャーのみのなるまでの光景は、存分に拝ませてもらった。
 こんなことがまかり通る学校は限られている。
 女性団体の活動で羞恥心への配慮が叫ばれているため、多くの学校では直前までバスタオルを巻いても良いだとか、男性教師は席を外すといったことが当たり前になっている。
 しかし、その一方では男達が権力を振りかざし、巧妙な根回しを行っている。一部の学校ではこうした立ち合い行為が当然とされ、女子達はそれに逆らえない。
 医師は職員の皆様は、忙しい中で時間を割いて来てくださる。
 だから、生徒達が失礼を起こさないようにと、教師達には見守る責任がある。
 それが建前だ。
 子供達の立場では、大人に対して生意気な口は利けても、実際に何らかの行動を起こして打撃を与える能力は持ち合わせない。大人達のあいだで取り決めが通ってしまえば、生徒側は意外なほど従うものだ。
 子供を評価し、成績をつける立場にある大人。
 この権力構造を考えれば、まあ当たり前のことだろう。
「ふむ」
 敬介は不動麻奈の前で立ち止まった。
 こちらの生徒は女子の中でも背が高く、やや長めのショートカットが肩にかかり気味となっている。凛々しくも鋭い目つきや鼻筋の整った顔つきは、中性的でボーイッシュな部類の美人と言えた。
「……なんだよ」
 口の悪い麻奈は、既にピンク色のブラジャーのみのなっている上半身を隠すため、咄嗟に両腕をクロスした。
「さっさと脱ぐんだ」
「わかってるっつーの」
 かなり、顔が赤い。
 頭も沸騰しかかって、湯気でも立ち上ってきそうに見えるほど、その表情は恥じらいに歪んでいる。ただスカートのホックを外すだけにてこずって、苦戦気味にやっと外すと、太ももへ向けてジッパーを下げた。
 バサリ、と。
 スカートが足の周りで円となって落ちて行く。
 下着姿になった麻奈は、敬介に背中を向け、やはり苦戦しながら背中のホックを外す。決して胸を見せないように、胸と腕の隙間から引き抜く形でブラジャーを脱ぎきり、すぐに両腕を固くクロスした状態となって席に座った。
 他の女子達も、順々にショーツ一枚だけとなり、胸を隠したまま座る。
 敬介は教卓へと戻っていき、高らかな声を上げた。

「起立!」

 その一声で広がるのは、女子達の肌色が並んだ光景だ。誰もが胸を隠したいがために両腕を使ってガードを固め、自分の体を視線から守っている。

「気をつけ!」

 女子達の両腕が、泣く泣く下へ降りていく。
 乳房、乳房、乳房――。
 赤らんだ顔の女子達が、それぞれの大きさの乳房を晒している。
「――へへっ」
 敬介は優越感でニヤけていた。
 何故なら――。

「礼!」

 その一言で、ショーツ一枚だけの女子全員が、自分に向かって頭を下げる。しかも、そのあとは廊下に並ばせ、自分が先頭に立ちながら、教室移動で全員を引き連れるのだ。
「くっへへへ――」
 敬介は、ほくそ笑んだ。



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