第1話
「むぅーっ! むぐぅ、むーーーっ!」
「やれやれ・・・。猿轡をすれば、少しは静かになると思ったんですがねぇ・・・」
苔むした、石造りの牢の中。男は、苦笑しながら頭を振った
その男の前には、華奢な体付きをした、耳の尖った銀髪の女・・・森の妖精と謳われる、エルフ族の女。名は、ラァラ=リューベック
それが今は、猿轡をはめられ、後ろ手に鎖で繋がれた姿でいた
手首と足首は、黒い革製のベルトが締められ、[呪錠(ロック)]が施された呪具によって封がしてある。これは猿轡も同じだ。違うところといえば、そこから鎖が伸びていて、石牢の壁に固定されている事だろう
身につけているものは、半ばぼろぼろになったシャツ。下はズボンやスカートといった類の着衣はなく、下着すらつけていない。固く閉じられた足の付け根の間から、美しい銀色の茂みがうかがえるという、えらく扇情的な有様である
もう一つ、目をひく箇所がある。・・・首輪をされている
ただの首輪ではない。黒革に鋲打ちされたベルトは見るからに威圧感を漂わせる。なにより特徴的なのは、正面につけられた血のような紅い色をした宝石である。ぬるりとした光沢を放つ[封呪石]・・・装着者の呪力を抑え、いかなる呪法も扱えなくする、外法の呪具だ
対して男の方は、厚手の布でできた漆黒のローブをまとい、同色、同素材で作られたフードを被っている。そして、その手には黒色鉄のように、滑らかで妖しい光沢を放つ錫杖が握られている。まさに全身黒尽くめ。いかにも[暗黒神官(ダークプリースト)]の恰好である
──なぜ、こんなことになったのだろう
こんな、人間ごときに捕まるなんて──
その経緯は、数時間前に遡る
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「ここがそうね・・・」
ラァラの目の前に聳え立つ、塔
西の大地レーゼルダートの最北端、恐ろしいまでに切り立った崖の上に、それはあった
ラァラの聞いた話では、その塔には[呪師霊(リッチ)]リッチが住むという
[呪師霊]・・・高度呪法を操る邪霊。高位呪法師が死んでも死にきれずに邪霊化した存在。最も忌むべき[不死者(アンデッド)]・・・
人一倍(いや、エルフ一倍か)邪悪な存在を許せないラァラにとって、これほど滅せなければならない存在は他にない
ラァラは聖教会で清めてもらった鋼化銀(ミスリル)の矢を矢筒から抜き、いつでも射出できるような体勢してから、その扉を開け放った──
・・・しかし敵うはずもなく、ラァラはあっさりと撃退され、捕まってしまったのだ
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「むぐぁーーっ! んぐぐぐぐぅ、むぐーーーー!」
長く艶やかな銀色の髪を振り乱し、声にならない叫びを上げ、ややつり上がった瞳が、男を姿を映している
大概エルフというものは、森の中に集落を作りひっそりと暮らしている。たまに外の世界(人間社会)に興味をもち、森を出るエルフは、本来なら変わり者という事である
・・・ラァラはその中でもかなりの変わり者らしい
喋る言葉は女らしくなく、悪態ばかりついている
慎ましく、繊細で、清楚なイメージのあるエルフだが、ラァラの場合はそんな言葉は当てはまらない
「ま、ちゃんと『アレ』が中に入ってくれれば、万事OKなんでしょうけど・・・」
男は口元を、にやりと歪めた
見た目は温厚で、爽やかそうな青年だが、その邪悪な笑みにはそんな清々しいイメージはない
「しかし、丁度いいタイミングで来てくれてありがたいですねぇ。こちらから行く手間が省けました」
きっ、とラァラは思いっきり怨念を込めた視線で男を射抜いた
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