ジャック






序 章「出 会 い」(1)

「いやぁぁぁぁ!」

 藍は目を覚まし、同時にほっとした。
 毎日、同じような夢でうなされ、決まって同じような場面で夢から覚める。
 全身汗でぐっしょりと濡れている。

「また朝が来てしまった・・」
 心の中でそう呟いた。

*---

 藍は小さいころから女優をしている。最近は仕事も軌道に乗り順調だ。何一つ不満のない毎日。しかしそれはついこの間までのことだった。

 幼かった藍にとって仕事と学校を両立させるのは、細かいことを気にしていてできることではない。
 いや、そんなことすら考える必要がなかった。
 学校に友人らしい友人はできなかったし、仕事場ではみな自分より大人だったので、藍ぐらいの子供のするような会話など皆無に等しい。

 いままでそれでも平気だったのは、やはり「幼かった」からなのだろう。
 物心つくようになって、学校でも仕事場でも自分が「孤独」である事を知った。仕事場はまだよかった。

「もう一人じゃイヤ・・・ワタシだってオシャベリしたい・・・」

 それが幼稚な感情だとは思っていた。
 そんな感情を挟んでいては何一つ進まない、それどころか相手にされなくなる・・・そう体が理解していたから、仕事場では苦にならなかった。

 藍は学校へ行くのが恐かった。
 友人がいないだけではなく、周囲は自分を「別の世界」の人間として見ている事を知ったからだ。

 朝食をとって登校する。
 その日も誰とも声を交わすことなく学校の門をくぐった。

「おはよう!」

 覚悟を決めて藍は声を出した。しかし教室の中の誰一人として返事を返すものはなかった。

「今日もだめか・・」藍は肩を落とした。

 一日中声を出さずに過ごす事も稀ではなかった。藍には耐えられなかった。もう耐え切れそうになかった。しかし、耐えるしかないのだった。
 ただ、授業中はあまり気にする必要がなかったため、気が休まった。

*---

 昼休みになった。
 いつものように一人静かに食事をとっていると、なにやら周囲が騒がしい。

「藍ちゃん! 藍ちゃんってば!」

 藍が振り返るとそこには別のクラスだろうか、見覚えのない男子生徒が立っていた。

「えっ? わたし??」
 藍は驚いて裏返った声で返事をした。

「ははは、どうしたの? そんなに驚いて!」
「えっ、あっ、私に声をかける人なんていないから・・」
「やっぱりなぁ! 藍ちゃんは有名人だからな!」

 つかみ所のない感じだったが、悪い感じはしない。



序 章「出 会 い」(2)

「そ、そんなことないよぉ、みんな気軽に話してくれればいいのに・・」
「そっか、ごめんごめん。あっ俺、3組の吉田です。映研なんだ。」
「ふーん。そうなんだぁ。別のクラスだね。見たことないと思った。あっ、2組の前田です。よろしく」

 吉田は邪気のない笑顔で続けた。

「こちらこそ、よろしくね。でさぁ、藍ちゃん、映画とかでてるでしょ?」
「・・うん。」

 藍は学校では仕事の話はあまりしたくなかった。が、しょうがないか、と思った。

「いまさぁ、今度の文化祭に出す映画撮ってるんだけど、藍ちゃんにいろいろ教えてもらえないかな、と思ってさ。」
「そんなぁ、教えることなんかないよぉ!」
「そんな事言わないで一度見に来てよ。頼むよ!」

「・・うん、わかった。」
「ほんと!? 絶対だよ! 約束な!」
「うん。今日の放課後は仕事ないから、今日でいい?」
「OK! やったぁ! 放課後、部室でね。絶対来てよね!?」
「わかった。行く。」

 吉田は喜びながら帰っていった。
 藍もなんとなく嬉しかった。今までの憂鬱がうそのように消えてゆき、放課後が待ち遠しかった。

*---

 放課後。
 藍は映画研究会の部室を訪ねた。

「・・・こんにちは」

 藍は恐る恐る部室のドアをあけ、小声で挨拶した。
 部員は男子4名、女子2名で昼休みに来た吉田もそこにいた。

「前田藍じゃん、ほんとに来てくれたよ。」
「なっ! 来てくれただろ?」

 吉田は鼻高々にそう言った。

「部長の高科です。映研にようこそ!」
 部長の高科がそう切り出した。

「前田藍です。よろしく・・」
  藍もにこやかに挨拶した。

「こちらこそ、よろしく」 と部員たちは代わる代わる挨拶した。

「さて、はじめよっか。」
 高科がそう言うと部員たちがそれぞれ準備をはじめ出した。

「どんな映画撮ってるんですか?」
 藍は高科にそう質問すると、高科が答えた。

「昭和初期の戦争時代に、愛を全うするために一人で戦った女性の話をネ・・・」
「すごいじゃない! 私も参加しようかな!?」
 藍は目を輝かせてそう言った。

「そう言ってもらえるとうれしいよ! 主役をどうしようか困ってたんだ!」
「えっ? 主役なんて・・脇役でいいですよ。」
「いや、藍ちゃん主役ならばっちりだ! ぜひやってよ!」

「うーん、わかりました。いいですよ! なんでもやります! わたし。」
「そうこなくっちゃ! 今脚本書いてるから、上がったら早速読んでもらおう!」

 藍は久しぶりに楽しかった。「仲間」といっしょにいることに酔っていたのかもしれない。

 しかし、これが悪夢の始まりであることを藍が知る由もなかった・・・



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