エピローグ ― 全ての者に愛の手を ―

あれから半年が経った。

御主人様に服従し、躾られ、調教され、私は完全に奴隷として完成されてきた。
私だけじゃない。姉さんも、綾香さんも、今では完全に御主人様の奴隷。

姉さんは今も看護婦を続け、御主人様の言いつけで、仕事中は俺のことを忘れろと言われたらしく以前にも増して真面目に仕事に取り組んでいる。
綾香さんは旦那さんの浮気が明るみになり離婚を成立させ、更に慰謝料をもらって、今は喫茶店の近くのマンションで独り暮らし中。
私はいつも通り教師として働いている。

でも、障害者用の杖に頼りきりの生活は終った。まだ眼鏡をかけるほどではないが、以前に比べて良く見えるようになった。
色合い、明暗、物体の輪郭、それだけではあるが、私の目はそれを見ることが出来るようになった。

「何ぼーっとしてんだよ。」

御主人様に呼ばれ回想から意識を今に戻した。

「い、いえ…ちょっと…」

私たちは今、二人きりで近所の河川敷にいる。
御主人様の車に乗って、色々と話をしていたところだ。
御主人様に久しぶりに夕食に誘われ、姉さんは夜勤、綾香さんは店を空けれないと言うことで二人で食事をし、誰もいない河川敷でぼーっとしていた。

「あー…そう言えば、アレ出来たぜ。」
「え…アレ?」
「ああ。けっこう前に言ってただろ。浮彫りの絵だよ。業者が高い印刷しか出来ないって言うから今まで金貯めて、昨日上がったんだ。」

御主人様は後部座席に手を伸ばし、何かをとるとそれを私に手渡した。
普通のノートくらいの大きさの板。
御主人様は私の手を持ち、浮彫りの絵に手を導いた。

「あ…これ、天使…ですか?」
「ああ。」

何と無くわかった。裸の天使の絵。しかし逆さま。

「堕天使。…でも表情は悲しい表情はしてないですね?」
「コンセプトは“背神なんて幸せに関係ない”だ。まぁキリシタンのおまえにはわからねぇかもな。」

そんなことはない。
御主人様は狙って描いたわけじゃないだろうが、この絵は私だ。神の教えに反したにも関わらず、私は今、幸せの中にいる。

「わかりますよ。私も幸せですから…」
「…。神様を信じなくなったのか?」
「いいえ。神はまだ信じています。…御主人様、知恵の実を食べたイヴがどうなったかわかりますか?」

「アダムとイヴのイヴか? 楽園を追放されたんだろ。」
「はい。その後、地獄に堕ちるんです。そして知恵の実を食べるよう誘惑した蛇の妻になるんです。」

「蛇の…?」
「蛇は地獄の王サタンだって言われています。…私、イヴは神に逆らっても神に見捨てられてはいないんだと思うんです。
 見捨てられたら、苦しみを味わっていたはずですから。」
「イヴはサタンと結婚して幸せだった…ってことか。」

御主人様は私の言いたいことを言い当てた。
そう。イヴは決して不幸ではなかったと私は思う。
以前の私にはそんな考えなどなかった。神を裏切った罰としか考えていなかった。
でも、私自身それに似た立場になってわかった。

「御主人様は私にとって蛇でした。」
「地獄の王サタンか…。そんな立派なもんじゃねぇよ。」
「主は貴方に出会うきっかけをくれた。だから神への感謝は忘れません。」

そう。神が人の運命を全て創るのなら、私は神に感謝する。
こんな素晴らしい出会いをくれた神に。

「さて…」

キンッ…シュボッ

「ふぅ――――――…行くか。」
「はい。」

車が走り、開けっぱなしの窓からひんやりした夜風が入る。
幸せ。
絡み付く快楽とは対象の清々しい夜。
出来ることならこの幸せを全ての人に。
どんな形でも良い。御主人様のような人でなくて良い。自分が最も幸せと思える人に出会ってほしい。

主よ。私一人の微々たる願いかもしれません。わがままかもしれません。願いは一つ。

全ての者に愛の手を差し延べてください。





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