第9章 ― 支配者の傍ら(1) ―

カランカラン…
「綾香さんアイスコーヒー…」

いつもりよ一時間くらい遅く彼は来店した。
かなり疲れた様子でいつもの席に座り、テーブルを枕に突っ伏した。

「はい。アイスコーヒー。」
「どうも…」

ズヂュズズズ…
突っ伏したままコーヒーをストローですする彼。目に派気がない。

「どうしたの? だいぶ疲れてるじゃない。」
「ヤリすぎっつうか…まぁ学校の課題に教育実習の研修がハードなのもあるけど。」
「そうなの…」

気まずい。水橋くん以外に客はいない。あの日もそうだった。私を襲ったあの日も。

しかし今は違う。あの時は不安が強かった。
今はその弱い姿に母性本能を擽られる。しかも最近彼に相手にしてもらっていない。

「ね、ねぇ…」
「ん~…なんです?」
「今日はあの娘と…その…しないの?」

「いや、さすがに連日は炎之花の体力がもたないし…ちとハードなことしちゃったんで…」
「そ、そう…」

なんなんだろう。私期待してる。今日は炎之花ちゃんを抱かないから、私の相手をしてもらえるかもしれない。

「……」
「……」
「……」
「……」

「ねえ綾香さん。」
「えッ? えッと…何?」
「注文いい?」

「え………うん、何にする?」
「タラコスパ。あとはマカロニグラタンね。」

何残念がってるんだろ。彼は私を抱くなんて一言も言ってないのに。

「じゃあ待っててね。」

私が料理をする間、彼は無言で雑誌を読んでいる。
ほとんど会話もなく10分くらいの時間がたち、料理が完成した。

「はい。タラスパとグラタン。」
「いただきます。」

ズズッ…
パスタを口に運びすする彼。

「熱ッ…さすがに出来立ては熱いな。……………そうだ。綾香さん。」
「ん? なに?」

呼ばれ、彼の元へ行く。
そこで彼の口元が歪んでいるのがわかった。口の両端を吊り上げ邪悪な笑いを浮かべていた。

ドキ…

その顔を見て、不意に胸が高鳴った。
期待している。彼に教え込まれたマゾヒストの心がその笑いに反応した。

「な、なに?」
「俺が猫舌なの知ってるよね。」

「え、ええ。」
「おまけに疲れててフォーク持つのも億劫なんだ。でだ、食べさせてよ。」

「あ、赤ちゃんじゃないんだから…」
「勿論、“あーん”とかは俺が恥ずかしいからパス。奴隷が主人のために料理を食べさせるんだ。どうやるかは、自分で考えろ。」

支配者の口調だ。この口調には反論できない。そう体に教え込まれたから。

「じ、じゃあ…口でいい…ですか?」
「ああ。それで良い。」
「じゃあ…その…先に店閉めるわ…その、見られるの恥ずかしいから…」

彼の了承を得て、店の看板を店内に入れ、営業中の札を準備中に裏返し、カーテンを閉めた。

「あの…じゃあ…やるわね?」
「ああ。」

フォークでパスタを丸め口に含めた。そのまま彼に口付けをし、舌で口内から口内にパスタを運ぶ。


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