官能小説『掘割の畔に棲む女』

知佳 作





 

第3話 ~コーヒーカップを前にし戸惑う千里~

 注文を取る段になってやはりと言おうか千里さんの遠慮が始まったんです。 「僕がお誘いしたんですからどうぞ何か注文してやってください」 どんなに進めても頑なに首を横に振るだけなんです。 「どうしたもんかなあ、コーヒーはお嫌いなんですか?」 なんとしてもこの場に引き留めようと躍起になる司ですが、あまり強要すればかえって引かれるやもしれないのです。

 店側はと言えば脇に立ち微笑ましそうに見守ってはくれているものの、一向に進めてくれる気配がないんです。
「わかりました。 確かに僕が悪うございました」 こんなところでこんなことを言い張ってる自分が自分に癪に障ったので頭を下げ、しかし美月ちゃんやお店との約束もあるものですから頼んでおいたものだけを出して頂くことにしたんです。

 「うわあ~来た来た、お団子だ~ お母さんも食べよ」 美月ちゃん、目を輝かせ最初のひと串しに手を差し伸べました。 「これ美月、ちゃんとお礼を言いなさい」 チラリとコーヒーセットを目にし、その目を瞬時に脇に反らしてしまわれるに至ってお手上げ状態になってしまったんですが、

 「お連れ様、器はこれと違いましたでしょうか? お気に召さないようでしたら別の物にお淹れしましょうか?」 この時になってコーヒーを運んできてくれた店員が千里さんにコーヒーを薦めてくれたんです。
 「いえ・・・ あの・・・ ウチはこれで結構です」 まるで蚊の鳴くような声で返す千里さん。 すると店員は司にだけ見えるようお尻の腋辺りでOKのサインを作って立ち去って行ったのです。

 「卑怯です。 お名前も教えていただいてないのに・・・こんなことをされては・・」 うつむき、消え入りそうな声で、しかしはっきりとありがとうの言葉を伝えてくれたのです。

 「気が利かなくてすみません。 僕・・あの・・・いや、私は宮内司と申します」 名を名乗れと言われたような気がして改めて姿勢を正し名前の方は神社の宮司の司という字と説明してる最中に 「それでこれをウチに受け取れと?」 真剣なまなざしで問いかけてこられたんです。

 「あっ いや、その・・僕もこの手の焼き物は好きなんです。 あの~ もしご無理じゃなかったらと・・・」 語尾が尻すぼみになりかけたところに 「あのね、ウチのお母さん千里って言うんだよ」 おしゃまな美月ちゃんがまたまた助け舟んを出してくれたんです。 これが笑いを誘い場は一気に和みました。

 「これ美月、あなたは少し黙ってなさい」 「別にいいじゃん、さっきお堀端でお母さん、このおじさんにウチの遊び相手にって言ってたくせに」 ぷ~っとふくれっ面し最後に残ったお団子に手を伸ばしていたんです。

 「あの・・いえね・・もし良かったらで結構なんです。 どうせいつもふらふらしてますから美月ちゃんの遊び相手だけさせてもらえれば」
司にとって過去現在を通じて初めての告白でした。 「しょうがありません。 言い出したのはウチの方なんですから・・」 消え入りそうなほど、しかしはっきりと自分が先に告ったことを認めてくれたんです。

 「じゃあ一緒にコーヒーを飲んで構わないんですね」 千里さんが小さくコクリと頷くのを確認し手を挙げました。

 「店員さん、すみません」 「はい、どうなさいましたか?」 「僕にもコーヒーを、石臼ってやつをお願いします」 「かしこまりました」
コーヒーの注文はそのままお店への手助けして頂いたことへのお礼となりました。

 窓辺の席に座り、お互い何を話すわけでもないのに相手がそこにいるというだけでそこを取り巻く空間までもが素敵に思え、見つめ合ってるうちに時が流れ時間を持て余した美月ちゃんのいたずらが始まり、ふと我に返り 「これ、食べる?」 コーヒーについていた粒あんのようなものを手渡し間を持たせたりもしました。

 「僕は今日ここへ、あの竹細工屋のご主人に会うために津和野からやってまいりまして」 自己紹介のつもりで口走った一言でしたが 「・・・そうなんですか、じゃあ用事が終わられたらお帰りに」 落胆の色が顔に現れたんです。 「いえ、そういうわけにはいきません。 美月ちゃんとの約束もありますし、それに・・・」 あなたとの約束もあると言いかけてその言葉を飲み込んでしまったのです。

 相手の事情も知らないで勝手に付き合う相手と決め込んでしまっては逆に迷惑がかかると思ったからでした。 通りすがりの旅行者と真剣なお付き合いをするということはいづれ近いうちに離れ離れになることを覚悟しなくちゃならないからです。

 ここを出たらもう少し・・いや、もっともっと一緒にいたいのに、席を立つこともここを出ることも出来ないで店に居座り続けるのは一緒にいる美月ちゃんにとって苦痛でしかないからです。

 この先どうしたものかと考えていると 「あの・・どちらにお泊りですか?」 と、これも蚊の鳴くような声で遠慮がちに問うて来られたんです。 「何処か良いところがないか探そうと思ってたところだったんです。 長期滞在しなきゃならなくなったので」 「お仕事で来られたんですか」 「はい、つい今しがた夏休みの間だけ雇われたものですから」 この言葉がよかったようで 「お母さん、ウチなら空いてるんじゃない」 美月ちゃん、早速お母さんに提案してくれたんですが・・・



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<筆者知佳さんのブログ>

元ヤン介護士 知佳さん。 友人久美さんが語る実話「高原ホテル」や創作小説「入谷村の淫習」など

『【知佳の美貌録】高原ホテル別版 艶本「知佳」』



女衒の家系に生まれ、それは売られていった女たちの呪いなのか、輪廻の炎は運命の高原ホテルへ彼女をいざなう……

『Japanese-wifeblog』










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