官能小説『掘割の畔に棲む女』

知佳 作





 

第1話 ~何処からか流れて来た通いの女中~

 「うわあ~ ほらっ 見てみてお母さん」 小さな女の子が掘割の中を指さし叫び出しました。 雲を突くような大男なら一跨ぎで渡れそうなほど頼りない堀川が街の中心を流れていて、その清流の中に何かびっくりするようなものがいると叫んでいるようなんです。 「美月ちゃん、鯉ぐらいで何をそんな・・」 言いかけてその母親は怯えきったような表情になり立ちすくんでしまいました。

 この堀川は流れは清らかなんですが、如何にも水嵩が少なく母の千里さんが言うように鯉が泳いでいたとしても浅いところでは背鰭が出てしまう為酸素不足になるせいか、或いは天敵に狙われやすいせいかほとんどの鯉が川沿いの道と対岸の家屋とをつなぐ広いところで幅一間ほどしかない橋の下に人の目から逃れるよう棲み暮らしているんです。

 母の千里さんは美月ちゃんが滅多に人の目に触れないその鯉が餌を求めて橋の下から出て来たのを見つけ騒ぎ立てているとでも思い込んだのか近寄って行ったものの別の何かを見て驚いたように見えたのです。

 たまたま竹細工の水差しを求めて津和野からはるばるこの地を訪れていた旅好きの風来坊宮内司はこの川が何処か津和野に似ていることから鯉でも放したら子供らも喜ぶのにと浮かれて考えていた矢先の母子の会話に、一瞬にして現実に引き戻されてしまっていました。
 「ほう~ こんな浅瀬に鯉を放し飼いするんだこの街は」 母娘の会話を耳にし掘割に目を向け、それにしても何をそんなに騒いでるんだろうと近寄った司は川の中で蠢く得体のしれない物体にギョッとしました。 まるで古代生物が現世に舞い降りたような生き物が川の中をのそりのそりと歩いているんです。 物珍しさにその辺りを歩いていた観光客も寄り集まって大騒ぎになってしまっていました。

 「ああ、なんの騒ぎかと思うたら、ハンザキかあ~」 ため息交じりの竹細工屋のご主人の次の一言で騒ぎは更に大きくなったんです。 「観光に来られた方ならご存じないわなあ~ この辺りでも滅多に見かけんようなったがほんの少し前までは川で泳いだりするとよく見かけたもんですわ。 オオサンショウウオです」 こともなげにこう言うなり店に帰って行ってしまわれたんです。

 観光がてら鑑札を買って釣りでもと考えていた宮内司の計画のひとつはこの言葉で水泡に帰しました。 (冗談じゃない。 川に入っててこんな奴と出くわしたら・・) 此処が肝心というのに肝が縮み上がって足が前に出ないんです。 ひとめで心惹かれてしまった女性を助けようと駆け付けてあと一歩が出なくまごまごしているところへの助け舟でした。

 竹細工を求めてわざわざ津和野から来たという宮内司に興味を抱いた店主がお客さんに何かあってはと慌てて駆け付けてくれてたようでした。 「すみません、大声出して」 そのご主人に大声でお礼を述べる司を千里さんは微笑まし気に眺め

 「それにしても驚きましたわ、この川にまさかこんな生き物が・・」 怯えたような顔つきがようやく正気に戻りつつある千里さんでしたが、血相を変え駆け付けてくれた割にはハンザキにすくみ上った司に向かいこう語りかけてくれたんです。

 「ええ・・確かに」 その時の司はと言えば、正体を知った今となってはむしろ川の中にいるハンザキより目の前の妙齢の人妻に興味を抱いてしまっていました。

 「今しがた土産物屋の売り子さんが教えてくれまして」 何でもハンザキっていう生き物は大きいものになると人の背丈ほどの大きさになるんだなどと話しながら千里さんもまた、このあけっぴろげな宮内司という男に興味を抱いたらしく親し気に会話を振ってくれてたんです。

 「わからんもんですねえ、こんな狭い 、しかも水嵩もない川に鯉を丸呑みするような怪物がいるなんて」 司が返せば 「ええそうですねえ、ウチの子も夏休みに入って川に入るらしいから」 と、こう返し。 安心して家も空けられんとため息をつかれ、それに続いて 「最前この川を眺められてたけど、釣りはお好きなんですか?」 見も知らぬ司に向かってこう質問とも願いとも取れる言い回しで問いかけて来たんです。

 用事で出かけてる間だけでも一緒に川釣りでもして遊んでてもらえまいかと頼まれたようで司は先ほどの怯えは何処へやら胸を張って 「もちろん、私でよければ」 と応えてしまっていました。



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<筆者知佳さんのブログ>

元ヤン介護士 知佳さん。 友人久美さんが語る実話「高原ホテル」や創作小説「入谷村の淫習」など

『【知佳の美貌録】高原ホテル別版 艶本「知佳」』



女衒の家系に生まれ、それは売られていった女たちの呪いなのか、輪廻の炎は運命の高原ホテルへ彼女をいざなう……

『Japanese-wifeblog』










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