もえもえ 発火点

Shyrock作



第33話「もえもえの誤算」

 少女の無邪気さを持ちながら、一変してベッドでは大人の女に変身する。
 さらにネットでは自身のことを「小悪魔」と名乗るだけあって、男の心を惑わす艶めかしい雰囲気を有している。
「小悪魔」によく似た言葉で「悪女」というものがあるが、「悪女」と「小悪魔」はまったく違う。
「小悪魔」は男の心を惑わすことをするが、「悪女」は人の心を弄ぶ女をいう。
「小悪魔」は男の心を惑わすが、相手を傷つけることはない。
 しかし「悪女」は男の心を弄ぶので、相手をひどく傷つけてしまう。
 また、「小悪魔」は複数の男と付き合うことはしない。
 男性を惑わす行為をしても、それは一人の男に限られる。
 反対に「悪女」は複数の男を手玉にとる。これが大きな違いといえるだろう。
 ということは、もしかしたらもえもえは「悪女」なのだろうか……
 実に微妙なところといえる。
 もしかしたら一種の「悪女」なのかも知れないが、現時点で一平はもえもえのそんな本性を知るよしもなかった。
 一平からすれば、遊び慣れた自分が言葉巧みにもえもえを誘い出し、自分の元に手繰り寄せた。
 一平にはそうとしてしか映っていなかった。

 快楽の後の余韻に浸っている二人にちょっとした事件が起こった。
 それは意外にも、もえもえの誤算から始まった。
 突然もえもえの携帯にサザンのメロディーが流れたのだ。
 俊介には友達の相談に出掛けると嘘をついて出た。
 俊介と会話を交わしてからかなりの時間が経過している。
 いつも連絡をくれるもえもえから連絡がないので、心配になって電話をしてきたのだろう。

(しまった。マナーモードにするのを忘れてた……)

 もえもえは咄嗟に置時計を見た。
 いつのまにかもう8時を過ぎている。
 俊介から電話があっても不思議ではない時間だ。
 途中もえもえから一度かけておけば、俊介からかかってくることはなかったのだが、そばに一平がいるので途中で掛けるタイミングを失っていた。
 携帯が鳴っているのに、もえもえは一平の腕を解こうとはしなかった。
 もえもえが少し狼狽していることを一平にはすぐに気づいた。
 電話が鳴っているのにとろうとしないもえもえを、一平はいぶかしく思った。

「もえもえ……電話鳴ってるよ?」
「うん……」
「いいのか?」
「うん……今、出たくないの……」

 もえもえは一平の胸に顔をうずめポツリとつぶやいた。

 まもなくメロディーが鳴り止み留守電に切り替わった。
 静かな部屋に無機質な音声だけが響いている。
 留守電メッセージまでは聞き取れない。

「もえもえ?」
「なに?」
「確か……」
「ん?」
「君の着信メロディーってサザンじゃなかったはずだね?」

 一平は鋭く切り込んだ。

「う、うん……最近、曲を変えたの」
「嘘だろう?」
「え? どうして?」
「あのメロディーは彼専用のものじゃないの?」
「……」

 もえもえは返事をしなかった。
 いや、できなかった。
 嘘というものはそれが見破られたとき、見破られた人間は一瞬言葉を失ってしまうことがある。
 今のもえもえがまさにその状況であった。

 まだ残暑厳しい9月上旬なのに、昨年暮に流行った冬の曲を着信メロディーにするのは少し不自然だ。

「ねぇ? そうなんだろう?」
「うん、そうだよ……」

 見え透いた嘘には限界がある。
 もえもえはこっくりとうなずいた。

「もえもえ……」
「ん?」
「オレはおまえが大好きだ」
「私も大好きだよ」
「じゃあ聞くけど、オレとその彼……どっちの方が好きなんだ?」

 突然一平から浴びせられた歯に衣着せぬ質問に、もえもえは答えに窮した。
 確かに今愛し合ったばかりの一平のことが嫌いなはずがない。
 そうかといって俊介のことを嫌いになってしまったわけでもない。
 ただ長期間会ってない俊介よりも、目の前にいる一平の方が現実的ではないのか。
 それに恋には流れというものがある。
 一平は怒涛のような勢いで押し寄せる大きな波だが、俊介は凪のように穏やかな存在である。
 遠い愛よりも近い愛が欲しい。
 年齢が近い方が離れているよりも話題が一致しやすい。
 穏やかに包み込んでくれる人もいいが、少々荒削りでも熱く包んでくれる人が欲しい。
 そう言った諸々の想念を、もえもえの心と言う名のコンピューターが作動し答えを出した。
 その答えは火を見るより明らかであった。

「一平だよ……」
「えっ! 本当か? じゃあ彼とはもういいのか!?」

 もえもえは無言になったが、まもなく小さな声でささやいた。

「うん……でも、しばらく考えさせて……」
「あぁ……そうか……」
「あ、でも間違わないで。私は一平のことがすごく好きよ。だけど……」
「うん……無理しなくていいよ。そりゃあ、直ぐには割り切れないだろうからゆっくりと考えてから結論を出してくれたらいいんだから。オレ待ってるから」
「一平……」
「ん?」
「ありがとう……」

 もえもえは一平に唇を求めた。
 それに優しく応える一平。

 時間が欲しいというのであれば、できるだけ寛大な心で応える。
 そしてできるだけ相手のことを気遣う。
 もえもえの心を強く引きつけるには、性急な態度で臨むよりも、穏やかな態度で臨む方がよいだろう。
 それが最善策であることを、そして、それがもえもえを手中に収めるための最速の手段であることを、29才の一平は十分に理解していた。




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