もえもえ 発火点

Shyrock作



第19話「不可解な4時間」

 しかし信じようと思えば思うほど不安が募る。
 どうもいつものもえもえとは違う気がする。
 今までどんなときでもやさしさと心遣いに溢れていたもえもえ。
 今はそれを感じない。
 さきほど電話を切る直前きつく当たったから?
 いや、今日だけではない、数日前から何かが変わった気がする。
 だけどどこが変わったと具体的に示すことはできない。
 あえて言うなら『心ここにあらず』と言うような……

◇◇◇

 午後7時、俊介はまた電話をかけた。
 コールしているが電話に出ない。

(まだ用事が終っていないと言うことだ……つまりまだ帰宅していないということだ……)

 午後7時30分にも電話してみたが、結果は同じだった。

(相談の後、食事に行ってるのかも知れないな。それなら途中で電話ぐらいくれてもいいのに)

 その後も何度も電話してみたがやはり出なかった。
 呼び出ししているが電話に出ない。

(どうも妙だ……)

 メールを送ってみたがやはり返事がない。
 時間を追うごとに次第に焦りが見え隠れしてきた。

◇◇◇

 時計の針は午前0時を差していた。
 依然電話がない。

(おかしい……どうしてこんなに帰りが遅いのだろう。明日は仕事だというのに。もしかして何か大変な事件にでも巻き込まれたのではないだろうか? まさかとは思うが……)

 こんなときのために自宅の電話番号を聞いておけばよかったと、俊介は後悔した。

(もしかしたら娘が帰らなくて家族もすごく心配しているかも知れない……)

 すでに午前0時30分になっていた。
 俊介は疲弊していたが、それでももえもえの無事を確認するまでは眠れそうになかった。

 俊介はあきらめの境地で再度電話をかけた。
 すると、驚いたことに、

「はい……」
「えっ! もえもえ!? どうしてたの?電話ぐらいくれたっていいじゃないか。何か事件にでも巻き込まれたんじゃないかとか心配で心配で……」
「ごめん……」

 消え入るような声で詫びるもえもえ、すごく憔悴しきっているように感じられた。
 夕方に家を出て深夜に帰宅したのだから疲れていても不思議はないだろう。

「何時頃帰ってたの?」
「うん……8時頃帰ってた……」
「え? 午後8時に帰ってたの? 今何時だと思ってるの? 翌日の0時30分だよ。 僕がその間、何度も電話したのにどうして電話に出てくれなかったの?」
「……恐かったの……」
「恐かったって……何が?」
「さっき私を叱ったでしょう? きつい言葉で」
「うん、確かに君をきつい言葉で叱ったけど、それは君に何度電話を掛けても長時間話し中だったから、つい僕も腹を立てて口調が荒くなってしまったんだよ。こっちの気持ちも分かってくれよ」
「うん……」

 もえもえは午後8時に帰宅していたという。
 そして今は深夜の0時30分。
 4時間もの間、ひっきりなしに電話が鳴り続けていたのに、無視していたと言うことになる。
 俊介から叱られたあげく一方的に電話を切られてしまったもえもえが憤慨したことは十分に理解できる。
 それでも4時間もの間何度も鳴っている電話を無視するというもえもえに、俊介としては不可解さを感じた。
 俊介の心の中に触れたくはなかった疑念がふたたび沸々とたぎり始めていた。

「もえもえ、もう一度聞くけど、帰宅したのは0時頃だったんじゃないか?」
「……そんなことないよ。8時頃帰っていたよ」
「本当に?」
「本当だよ」
「8時に帰ってたのに、僕からの電話に一度も出なかったことが、今までのもえもえから考えられなくて……」
「でも、帰ってたもん……」

 俊介はもえもえに対してしつこく問い続ける自身に嫌気がさしたが、それでもさらに尋ねた。

「それとね……相談してきた相手は本当に女の子だったの?」
「そうだよ」
「で、相談事はうまくいったの?」
「うん……」
「そうか、それは良かった。ただ……」
「……」
「ただ、相談事に聞くだけにしては、すごく時間がかかったね」
「疑ってるの?」
「いや、そんなことはないけどさ」
「私、疲れたからもう寝たいの」
「もうこんな時間だものね。明日、仕事だろう?」
「うん」
「まあ、とにかく無事に帰って来てくれて良かったよ。もしかして誘拐されたんじゃないかってマジで心配してたんだよ」
「そうだったの。ごめんね、心配かけちゃって」
「いや、無事に帰って来てくれたからもういいんだ……じゃあ早く休んでね」
「うん」
「じゃあ、お休み~」
「おやすみ……」

 携帯をテーブルに置いた俊介は大きく溜息をついた。
 突然立ち込めた暗雲は消え去るどころか、一段とどす黒さを増し空一面を覆い始めていた。




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