短編/美帆 君が嫁ぐ日

Shyrock作

 


本編はフィクションです








第1話


俺の深い眠りを覚ますかのように、マナーモードの振動音がうなり出す。

「ううむ・・・」

(もう少し寝させてくれよぉ・・・)

俺は瞼を擦って身を起こす。
昨夜かなり飲んだようだ。
最近はいつものことだが。
コールはしつこく鳴り響く。

(こんな朝から誰だよ・・・)

「はい」

俺は不機嫌そうな声で返事をした。

「わたしです」

声の主は美帆だった。

「おお、美帆か」

見上げた窓の外には葉っぱの散った梢が覗いていた。
その向こうには冬場には似つかわしくない青空が広がっている。
寝る前に暖房を消し忘れたせいで、ムッとした熱気が漂っている。

「今、何をしてるの?」
「え?あぁ、今ね・・・、どうも君と電話をしているみたいだけど」
「うふふっ、そうじゃなくて、今何をしていたの?」
「え・・・?」

「寝てたの?」
「あぁ」
「もう、昼過ぎよ」

振り向くと掛け時計が12時30分を表示していた。
ぶち壊れた脳がゆっくりと少しづつ覚醒していく。

珍しい。
彼女から電話を掛けてくるなんて最近なかったことだ。
いったい何の用だろう?

「ふぁぁぁぁぁ~」

まだ完全に目が覚めていない。
頭の奥がジンジンしている。
昨夜寝たのは何時ごろだったろうか。
記憶にあるのはミナミのバーで、サッカークラブの後輩と散々飲んだこと。
あのバーは確か夜明けの4時まで開いているはずだから・・・。

「聞いてるの?」
「ああっ」
「それで、来て欲しいの」
「えっ、どこに?」
「やっぱり、聞いてない」
「かもしれない」
「もう一度いうわ」
「はい」
「私、来年4月に結婚するの」
「はい」

そうか、美帆もついに決めたか。

「おめでとうって言ってくれないの?」
「美帆は喜んでいるのか?」
「えっ?ええ」
「そうか、じゃあ、おめでとう」

「もう・・・おーい、起きてますか~?」
「ほぼ」
「それで、披露宴に来てほしいんです」
「え?・・・それは、やめとくよ」
「どうして?」
「だって、彼が嫌がるだろう」
「彼に相談したら、写井さんもぜひ来てもらえって。『よかったら写真を撮ってください』ってお願いしてくれって」


第2話


俺の趣味がカメラだという事もあって、結婚式の司会を頼まれた時は無理だが、来賓として招かれた時はよく写真を撮っている。
式の当日はフィルムカメラとデジカメを準備し、デジカメで撮ったものは翌日には画像をパソコンに移し、予め準備しておいた結婚記念HPにアップし新郎新婦にURLを送ってあげる。一週間以内にはフィルムで撮ったものもスキャナーで取り込んでアップする。
出来上がったフィルム写真は、デジカメの画像とHPのデータをCD-ROMに入れ合わせてプレセントする。
俺にとっては何でもないことだが、社内ではそんな俺のことがちょっと有名になってしまった。

「だめだ。同じ会社とはいっても、奴の側に座るのはおかしいだろう」
「だったら、私の側に座ればいいじゃないの」

「美帆。考えてもみろよ。そんなのおかしいだろう。会社の先輩とはいえ花嫁側に男が座るっていうのは。しかも、昔同じ部署だったってだけの男が一人いるのは・・・」
「・・・」

美帆は黙りこくってしまった。

「そうだろう?」

返事に少し間があいた。

「確かにそうね・・・」

美帆は急に声をトーンダウンさせた。

「じゃあ、2次会は来てくれるよね」

ちょっと元気を出した声。

「行かない」
「写井さん・・・」
「だって、もう、そんな歳じゃないだろう?2次会行ってもなんか浮いてるみたいで楽しくないんだ」
「そうですか・・・」

美帆は少し元気を取り戻したかに思えたが、再び声を沈ませた。

「うん、ごめんな」
「ううん。でも、ほんとうに写井さんに写真撮ってもらいたっかった」
「すまん」
「いいえ、無茶をいった私が悪かったわ。ごめんね」
「いいや」
「ほんと、わがままいってごめんね・・・じゃあ、また、今度ゆっくり報告したいから飲みに連れてってくださいね」
「ああ」
「じゃあ」
「また」

電話が切れた。
しばらく切れた後の携帯を見つめていた。
何事もなかったかのように、液晶の画面が光っている。
アンテナが3本立っている。

ベッドから抜け出し冷蔵庫に行った。
小さ目のペットボトルを取り出す。
その中にはレモンの果汁を軽く絞り入れたミネラルウォーターが入っている。
ボトルに直に口をつけ一気に飲んだ。

冷えた液体が喉を通り抜け、頭の中の痺れが解けた気がした。


第3話


いくら美帆の頼みではあっても引き受けられない。
他の男の腕の中で幸せになる美帆を冷静に見るには相当な忍耐が必要なはずだ。
とても俺には正視し続けるなんて出来ないはずだ。
ばれないように寝ぼけ気味にごまかして言ったお祝いの言葉さえ、本当は言いたくはなかった。

でも、悲しそうな美帆の声・・・
電話を切る前の最後の声・・・
突然、美帆の笑顔が浮かんできた。
過去撮った写真に残る美帆の鮮やかな笑顔。
俺だけに見せてくれた笑顔。
それが昔の写真のように、頭の中でセピア色にあせていく・・・。

やはり、しょうがないのか。
俺はその時ひとつの決断をした。
ベッドに投げ捨ててあった携帯を取り上げ、メールの打ち始めた。

(やっぱり出席するよ。写真びっくりするぐらいきれいに撮ってやるから楽しみにしてろよ)

短い文章を打ち終えて、もう一度文章を読み返してから送信ボタンを押した。
そして、またもや携帯を無造作にベッドに投げ捨てて、ついでに自分もベッドに倒れ込んだ。

俺はぼんやりと天井を見つめた。
美帆と過ごした楽しかった日々が、走馬灯のように浮かんでは消えていった。
喧嘩して泣かしてしまった事もあったのに、浮かぶのは美帆の笑顔ばかりだった。

(美帆が驚くほど、すごくきれいに撮ってやるからな)

それが美帆にしてやれる最後のこと・・・


(完)



















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