第2話

 芳雄はきょうこを尾行したが、さすがに素人に探偵の真似は難しく途中で見失ってしまった。
 帰宅した芳雄は苛立ちを隠しきれず、ベランダへ出て彼女のショーツを握りしめ顔を接近させた。

「恐ろしく小さなパンツだなあ。どれどれ、どんな匂いがするのかな……」

 芳雄は鼻を近づけ大きく息を吸い込む。

「ふうむ、洗剤の匂いばかりしてつまらん。染みまできれいに落ちてしまってるし」

 そんなことを呟きながら、ショーツを裏返しにしクロッチ部分に指で擦りながら唇を寄せた。

「ぐふふ……この辺りがきょうこの花園じゃな……ふうむ、いい味じゃ……」

 芳雄のそんな変態染みた行動は今日始まった訳ではなかった。
 古い話になるが、彼が昔、囲っていた愛人にも同様に下着の匂いを嗅いでいるところを見つかってしまい、その女性から気持ち悪がられ、ついには逃げられてしまったという経験がある。
 すっかり乾いていたきょうこのショーツであったが、いつしか唾液まみれになっていた。

◇◇◇

 それから数日後、芳雄は喫茶店の片隅でスーツ姿の男性と向い合っていた。

「調査の結果は以上です。残念ですがきょうこ様は間違いなく夫以外の男性と交際されているようです。証拠写真の一枚がこれです」

 男性は探偵社の調査員であった。
 調査員は芳雄に一枚の写真を見せた。
 芳雄は眼鏡の奥から鋭い視線を投げかけじっと写真を見入った。
 そこには後姿ではあったが男女が腕を組みラブホテルに入る瞬間が捉えられていた。

「うん、間違いない。きょうこだ。何と腕まで組みおって……忌々しい……」

 芳雄は写真に向かって、吐き捨ているように呟いた。

「では、私はこれで失礼させていただきます」
「ああ、ご苦労だったね」

 調査員は芳雄に挨拶をするとそそくさと喫茶店を出て行った。
 一人残された芳雄は煙草に火を点け思考を巡らせていた。

(ふう……)

「きょうこのヤツ……まさかとは思ったがやはり浮気をしておったか。くそ、私や光治を裏切りおって……。今に思い知らせてやる……」

◇◇◇

 その後もきょうこの行動を監視するため、探偵社の尾行は続けられた。
 報告によると、きょうこは週に一度のペースで俊介と密会を重ねているらしい。
 着々と調査報告書や証拠写真が芳雄の元に届いた。
 しかし芳雄は沈黙を続けた。
 まるでライオンが獲物を確実に仕留めるため、草の陰で潜みタイミングを計っているかのように。
 日常生活は何事もなくごく平温に過ぎ去って行くかに思われた。

 まさか自分の父親がきょうこの浮気調査をしているとは夢にも思わない光治は、その才覚をいかんなく発揮し事業運営に精を出していた。
 西日本進出を果たしはしたものの、ここ数年中国地方の業績だけが思うように伸びない。
 光治はテコ入れを行うべく広島営業所へ出張することになった。

「それじゃ、きょうこ、三日間家を空けるので留守を頼むね。すまないけどお父さんの世話をよろしくね」
「気をつけて行って来てくださいね。お父様のことは心配なさらないでね。ちゃんと面倒を見ますから」
「うん、頼んだよ。急用があったら携帯か広島営業所へ連絡くれたらいいからね」
「はい、分かりました」
「あ、それと、広島で浮気なんかしないから安心してね」
「まあ、あなたったら。そんなこと先にいうと、かえって心配になりますわ」
「はっはっは~、たまにはヤキモチぐらい嫉かせようと思ってね」
「はい、今、こんがりと焼き上がりました」
「はっはっは~、じゃあ行ってきます」
「あなた、気をつけて」

 光治は表通りでタクシーを拾って羽田空港へと向った。
 玄関先で光治を見送るきょうこの後姿をドアの影から伺っていた芳雄は、頃合いを見計らって声を掛けた。

「おお、光治はもう出掛けたか」
「お父様、光治さんは今出かけられました」
「そうか、そうか。それはご苦労なことだね」
「本当に大変なお仕事のようですわ」
「まあ、あいつならきっとやり遂げるだろう。ところで、きょうこ、三日間も光治がいないと寂しいだろう?」
「いやですわ、お父様」
「きょうこたちはまだ若いから、毎晩アレをやっとるんだろう?」
「そんなこと……」

 歯に衣着せぬ芳雄の意表を突いた一言に、きょうこは頬を真っ赤に染めた。

「若いうちは一晩でもしなければ身体が火照って困るだろう?」
「お父様……もうおよしになって……」

 芳雄のセクハラに満ちた言葉に、きょうこはキッと目を吊り上げ芳雄を睨みつけた。


前ページ/次ページ








image
















作品表紙
自作小説トップ

トップページ






inserted by FC2 system