第1話
「ああぁ!す、すごい……!」
女は顔をシーツに埋め、なまめかしい肉体を波打たせている。
細くくびれた腰から緩やかな曲線が描かれ、白磁のような双臀が揺れている。
赤銅色に日焼けした男の手がしっかりとその双臀を掴み無我夢中で舐めている。
それはまるで長旅をする馬車馬がオアシスに辿り着き乾いた喉を癒す時のように。
まもなく男は双臀の狭間に舌を挿し込み「ジュルジュル」と品のない音を響かせた。
秘境から限とめどなく溢れる蜜液は、男にとってこの上ない美酒なのかも知れない。
(ジュルジュルジュル……ジュルジュルジュル……)
「いやぁ…そんなに音を立てないでぇ……は、恥かしいわ……」
「ううっ、オレ、もうがまんがでぎないし。じゃあ、行ぐぜ」
(ズニュ……)
「ああぁ~!いや~!」
室内の掃除はよく行き届いていたが、天井には大きな鏡張りになっており、浴室とベッドルームとの間仕切りには透明ガラスが使われていて、どこか昭和の名残を感じさせた。
女は25歳前後の、漁師町には少し不釣り合いな垢抜けた美人で名前を本上きょうこと言った。
それもそのはず女の職業は女優で『雲の上の恋人たち』『不似合いな果実』など多くの人気ドラマの主演を務め、いまや名実ともに押しも押されもしない女優としての地位を築いていた。
表面上は名声を手にしたラッキーガールのきょうこであったが、私生活では決して幸福とは言えなかった。
3ヵ月前横浜バリノスMF夢岡との恋に終止符を打ち、まだ傷心から立ち直れずにいた。
お互い多忙で時間が取れず疎遠になってしまったことが原因だと分かっていた。
そんなきょうこであったが、新しいドラマの収録が終わり一段落ついたところで、他の仕事は断り、旅に出ることにした。
気ままな一人旅……行先はどこでも良かった。
とにかく一人になりたかった。
飛行機は大きな翼を広げ、成田を飛び立つと北へと向った。
空港から降りてJR在来線に乗ったきょうこであったが、行く宛ては決めていなかった。
ただ海が見たいと思った。
北の最果ての海。
いつしか知らない漁港に着いていた。
質素な旅館が1軒あるだけだった。
宿帳には適当な名前を記した。
すれ違う人々はサングラスを掛けた女が、よもやテレビや映画界を賑わせている本上きょうこであろうとは、分かろうはずもなかった。
ただ、きょうこの洗練され垢抜けた容姿から、ただものでないことは一目見ただけですぐに分かった。
夜が更けると港町に静寂が訪れる。
なかなか寝つけないきょうこは、もう一度着替えて深夜の街へと繰り出した。
しかしコンビニでさえ24時間営業しないで早めに閉店してしまうので、街は漆黒に包まれている。
それでも歩き続けていると、遠くに赤提灯が見えてきた。
きょうこは何気に居酒屋の暖簾をくぐった。
「いらっしゃい!」
威勢のいい声が飛んで来た。
店はよく賑わっている。
お世辞にも広いとは言えない店内はすでに満席状態だ。
きょうこは空席を探した。
客の大部分が地元の船乗りと漁師のようだ。みんな一様によく日焼けしている。
あまりにも店に不似合いな美女が入って来たことで店の空気ががらりと変わった。
賑やかだった店内に一瞬だが静まり返った。
多くの視線がきょうこに注がれている。
人に見られることには慣れているきょうこであったが、ここでは少し勝手が違う。
何だか照れ臭い。
エプロン姿の娘がきょうこの姿を見て、申し訳無さそうに頭を下げた。
「お客さん、すみませんね~、あいにくいっぱいなんですよ~。もう少ししたら空くと思うんですけど~」
きっとこの店の看板娘なのだろう。クリクリ目玉の可愛い娘で髪をポニーテールに束ねてる。
その時、端っこに座っていた初老の男とその仲間が立ち上り、声を掛けて来た。
「俺たちもうけぇるかきや、ここに座るといいし」
そう言いながら財布を出し勘定を済まそうとしている。
きょうこは恐縮し、笑顔で彼らに言った。
「ゆっくりと飲んでくださいね。私は急いでないですから」
「いやいや、俺たちはもうたらふく飲んだし。これ以上飲んだら脚が立たなくなるし。はっはっは!さあ、遠慮しねで座ってぐれし。姉さん」
連れの男がきょうこに嫌らしい視線を浴びせながらつぶやいた。
「何?もう立たねって?オレはこのきれいな姉さんば見て、元気が100倍だ!それにしてもえらぐ垢抜けたきれいな人だの~。あんたどこから来たんだ?こごの者だばねだべ?」
きょうこは突拍子もない男の言葉に戸惑いを隠せず、返す言葉が見つからなかった。
初老の男がきょうこに絡む連れの男を叱りつけた。
「おい!知らない人にそんなごどいいやがって。失礼だばねか!全くしょうがねヤツだの。本当にすみませんね。こいづ酔ってるので許してやてけろきゃ」
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