第11話「ワインは眠り色」 「ぐふふ、神官イヴよ、すぐにあの世に送ってやるから楽しみに待ってろよ」 ギャバン軍務大臣からイヴ殺害の命を受けた傭兵ニコロは駆け足で走り去った。 その頃回廊では、受刑中のイヴが少年たちに犯される場面を目撃した執行官アンドリアとフランチェスコはかなり興奮していた。 「やつらはまるで盛りのついた犬のようだったな」 「ああ、うらやましい……。俺だって仕事じゃなかったらやってるかも知れないな」 「ははははは、だけど執行官に監視されていると知っていたらできないと思うぞ。少なくとも俺は無理だな」 「うん、人に見られてると分かったら起たないかも知れないな」 「やつらだって誰にも見られてないと思ったからやったんじゃないかな」 「そうかも知れないな」 「ん?誰かこっちにやってきたぞ」 「こんな夜更けに誰だろう?」 やってきたのは中年の男女であった。 女は何やらトレイのようなものを持ちその上にいくつかのゴブレットが乗っている。 「お役人さま、夜遅くまでお勤めご苦労様です。私どもはいつもお城の厨房からご注文いただいている酒屋のアルテロです。さぞやお疲れでしょう。今日は私ども自慢のワインを飲んでいただきたくて持ってまいりました。どうぞ喉を潤してくださいな」 「おお、これはありがたい。……と言いたいところだが執務中なのでやめておくよ」 アルテロの申し出を丁重に断るアンドリア。 ところがちらりとアンドリアの様子を窺いながら、フランチェスコはゴクリと喉を鳴らした。 「まあ、せっかくだからいただこうじゃないか。一杯だけなら大丈夫だよ」 フランチェスコの一言にアンドリアのたがが緩んだ。 「そうだな。じゃあ、いただくとするか」 「どうぞどうぞ、遠慮なくお召し上がりください」 アルテロの妻らしき女が二人にワインを振る舞った。 「ちょうど喉が渇いていたんだ。ゴクリゴクリ……」 「美味い。なかなかいい酒じゃないか」 「どうもありがとうございます」 「城にはよく来ているのか?」 「はい、週に一度納入させていただいてます」 「名前はアルテロだったな。憶えておくよ」 「これからもよろしくお願いします。え~と、回廊向こうの方々にも届けたいと思いますので、これにて失礼します。ゴブレットはそこに置いといてくださいな」 「うん、分かった。ご馳走になったな」 「では」 アルテロと妻らしき女は笑顔で立ち去って行った。 ワインを飲んでから10分ほど経った頃、がくりとアンドリアの膝が折れた。 突然眠気が彼を襲ったのだ。 「うう……眠くなってきた……」 アンドリアより少し遅れてフランチェスコも激しい睡魔に見舞われていた。 「ね、眠い……もしかしてワインに……」 フランチェスコはワインに眠り薬を盛られていたことを知ったが、時すでに遅しであった。 二人はそのまま床に倒れ込み、いびきをかいて眠ってしまった。 ◇◇◇ 回廊向かい側にいる執行官二人もまんまとアルテロの口車に乗ってしまい、眠り薬入りのワインを飲み干してあっさりと眠ってしまった。 「イヴさんって言うんだね。あんたにはしばらく大人しくしててもらおうかね」 「何をするっ!……やめっ……んぐっ!ふんぐっ!」 一部始終を見ていたイヴには、妻らしき女が布製の猿轡を咬ませてしまった。 「すまないねぇ。あんたに恨みはないけど旦那の言いつけだから諦めておくれ」 「ほう~、なかなかの美人なのにもったいないな~」 「あんた、いつまでも鼻の下を伸ばしてるんじゃないよ。もうじき旦那が来るんだから、さあ行くよ」 ◇◇◇ アルテロたちが回廊に出るとすでにニコロが到着していた。 「うまく眠らせたか?」 「はい、執行官の皆さんは私どもの特製ワインを飲んでぐっすりとお休みになってます」 「ご苦労だったな。これは褒美だ」 「これはこれは!どうもありがとうございます!」 「どうだ?美女の股間に剣がズブリと刺さるところを、ついでに見物していくか?」 「いえいえ、それは遠慮しておきます。私どもは血生臭いのはどうも苦手でして」 「そうか」 「旦那、あとから美女の亡霊に取り憑かれないようにご用心くださいね」 「ちぇっ、つまらねえこと言ってないで、早く消えな」 「はい、ではご武運を」 因みにアルテロが酒屋と言うのは真っ赤な嘘で、ふだんは博打うちでたまにニコロの手先となって小遣いを稼いでいる。また女は正真正銘アルテロの妻である。 ニコロは大きく息を吐いた。いよいよ実行の時がきた。 イヴには猿轡を咬ませてあるし、執行官も眠らせてあるので、騒ぎ立てる者は誰もいない。 「神官イヴ……下半身しか見えないが、見れば見るほど惚れ惚れするいい身体をしているなあ。殺すには惜しい女だがこれも世のさだめ。諦めるんだなあ……」 月明かりに照らされてロングソードがきらりと光った。 ニコロはイヴの秘所に切っ先の照準を合わせた。 「さらばだっ!」 前頁/次頁 |