第三話「妖術師 玄」

「わしか?わしは玄と申すじじいじゃ」
「忍びか?」
「忍びとはちと違うのう。陰陽術というあやかしの術の使う者じゃ。もっぱらおまえのような小娘にはさっぱり分からぬじゃろうが。今からたっぷりとあやかしの恐ろしさを味あわせてやろうぞ。ぐっふっふっふっふ……」
「ふざけるな!おまえのようなじいさんにやられてたまるか!」
「威勢がいいな。じゃが、いつまでそんな強がりを言ってられるかな?かわいい蛇たちよ、このくノ一をもっと締め上げよ」

 玄と名乗る妖術師の一声で、ありさに巻きついた三匹の蛇に力がこもった。

「うぐぐっ……く、苦しい……」
「ふふふ、どうじゃ?蛇に締めつけられた気分は?」
「うううっ……く、くそ!これでも喰らえ!」

 とっさに腰に手を伸ばしたありさは、巾着から手裏剣を取り出した。
 ありさの手元が一瞬きらめいた。
 手裏剣を投げずに、くないの代わりに振り抜いた。
 胴体を締めつける蛇に命中し、蛇は苦しみ悶えた。
 ところが奇妙なことに蛇は傷を負っても、一滴の血も流さず地面にどたりと落ちた。
 落下した蛇は音も立てず草むらに消えていった。

 さらに腰を屈ませ、足首に巻きついた蛇にも攻撃を加えるありさ。
 しかし先程と同様に、蛇に打撃を与えても一向に傷を負った気配がなく逃げていく。
 くないを拾い上げたありさは改めて玄に戦いを挑む。
 密書を届けることが目的であるため、本来は無用な戦いを避け早々にこの場所から立ち去るべきところだが、この敵は倒さない限り先へは進めないだろう、とありさは考えた。

「玄よ、早く出てこい!私と尋常に勝負しろ!」
「ふふふ、尋常に勝負しろとは忍びらしくない物言いじゃな。なかなか面白い娘じゃ。いいだろう……」
「……?」

 声はするが姿が見えない。実に不気味な相手と言える。
 ありさは先程落としたくないを拾いあげ、自然本体に構えた。
 攻守兼備の体勢だ。

「……」

 玄はまだ攻撃してこない。
 先程まで聞こえていた声も聞こえなくなった。
 はたして何処に潜んでいるのか。
 ありさは敵の様子をうかがうが、まったく敵の気配がない。
 完全に『気』を殺してしまっているようだ。
 かなりの手練れの者のようだ。
 ありさは気を引き締めて敵の襲来に備えた。

「……ん?」

 するとそのとき、突然、まるで夜のとばりが下りたかのように、辺り一面が真っ暗になってしまった。
 いくら鬱蒼と繁る暗い森だとは言っても、これほど暗くなるのは奇妙だ。

(これも、やつの術のしわざか!?)

 ありさは動揺することなく、依然自然本体を保っている。
 気配はないが敵はどこからかありさを狙っているに違いない。

「……」

(シュルルルルルル~~~!)

 と、そのとき、透明の糸のようなものが、ありさを目がけて降ってきた。

「うわ~~~っ!」

 あっという間に両手に巻きついてしまった。

「これはいったいなんだ!?」

 くないを振るい糸を断ち切ろうとした。
 ところが糸は粘着性のあるため、まったく切れない。

「こ、これは……もしかしたら蜘蛛の糸か!?」
「ふふふふふ、よく分かったな、そのとおりじゃ。ぐふふ、蜘蛛はいかがじゃ?」

 ネバネバした糸がどんどんと腕に巻きついてくる。
 蜘蛛の糸は強い力を加えても切れない強さと、伸びても切れにくい柔らかさの両方をかね備えている。

「ううっ……くそっ……そ、そこか!」

 ありさはやっとの思いで糸を振り払い、糸を飛ばしてきた木立の中へ手裏剣を打った。

(ピュッ!!)

 敵は先程まで身を潜めていたが、やっと気配を現したようだ。
 その気配のする方向へ間髪入れず手裏剣を放ったのだ。

「惜しかったな。手裏剣がわしをかすって行ったわ。ふふふ、さすが噂にたがわず凄腕のくノ一じゃ。腕に絡みついた蜘蛛の糸が邪魔をして、まともに打てなかったようじゃな。ふふふ、しかし、手裏剣を打つのも、もう終わりかも知れんがのう」

(シュルシュルシュル~~~シュルシュルシュル~~~!)

 風を切る音が聴こえてきたかと思ったら、今度はおびただしい量の蜘蛛の糸がありさに巻きついてきた。
 その量は半端なものではなかった。
 腕に、脚に、胴体に、そして首にまで……

「ううっ……苦しい……」
「ふふふ、苦しいか。では息が止まる前に、城から奪ってきた密書を早く渡せ」
「ううう……そんなものは持っておらぬ……」
「嘘をつけ。伊賀の忍びを一人捕え、おまえが密書を持ち出したことを聞いておるぞ。さあ、早く出せ。出せば命だけは助けてやる」
「ううっ……も……持っておらぬというに……!」

 その間にも蜘蛛の糸がどんどんと巻き付き、ありさの顔が蒼白く見えるほどになっていた。

「どうしても出さぬつもりだな?」
「ううっ……うぐぐ……」
「ではお前の身体に聞いてみるとするか」

 声の主がどんどんと接近し、ついにはありさの背後まで近づいた。

「どうしても出さぬと言うなら、勝手に探させてもらうまで。ぐふふ」

 その言葉とともに、首に巻き付いた糸がわずかに緩んだ。

「ふう……」

 その矢先、背後から男の手が忍び寄り胸のふくらみを撫で回した。

「ふふふ、忍びの世界では恐れられているくノ一と言っても、所詮は女。女の弱き所を責められるとどうなるかのう。ぐふふ」
「やめろ!」

 かさついた手が上衣の胸元から中に侵入してきた。
 胸元を覆っている『胸素網』が刀で引き裂かれ、さらにその下に締め込んでいるさらし布に手がかかった。

「さ、さわるなっ!」

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