第6話 松井 翔 30歳貿易商社係長
松井翔は会社を出たところで元カノの多香子に声を掛けられる。
無視して通り過ぎようとしたが「インポは治るわよ。」の声に立ち止まる。
「私と付き合ってる頃、勃たなくなった時の事覚えてる?あなたが係長に昇進する前よ。」
今、元カノと話しているところを人に見られて誤解を招くわけにはいかない。
が、彼女も強硬だ。話しながら後ろからついてくる。
「神経質なあなたはミス出来ない昇進待ちのプレッシャーで駄目になったわよね。」
確かにそんな事があったのは覚えている。
「課長に昇進するそうね。あの時と同じだわと思って声を掛けたのよ。駄目なんでしょ?」
図星だ。あの時多香子のくれた精力剤で立ち直ったのを思い出す。
松井は急遽方向を変えて路地に入って行く。
その先の人目につかない公園で初めて口を開く。
「あれ、持ってるのか?」
「やっぱり駄目なのね。今日人事課の友人からあなたの昇進の事聞いたの。それでもしやと思って声を掛けたのよ。」
「持っているなら分けてくれないか?」
(あれがあれば結花を喜ばしてやれる。)
「私はあなたに捨てられた女よ。貴方は一方的に女の恋心を踏みにじったのよ。ものを頼む前にする事があるんじゃないの?」
「謝るよ。お詫びにこれから晩飯でもどうだい?」
(この女は今でも俺に惚れている。復縁を匂わせればいいんだ。)
見知らぬ住宅街の町中華に入る。
女の方も人目を気にしている事に気づく。
(もう以前には戻れないのだわ。それならそれなりの代償を払わせてやる。)
「あれあげてもいいけど条件があるわ。今ここで飲んで試して欲しいの。」
「わかった。試してみるよ。」
「すみません。お水を一杯お願いします。」
「飲んでから1時間経ったわ。どう?」
「効いているとは思うけどわからないよ。」
「じゃ、付いてきなさい。」
店を出てタクシーに手を挙げる。
タクシーはラブホの前で止まる。
「結婚してるんだ。困るよ。」
「試してみるよって言ったじゃん。」
タクシーを降りる。
(結花のためだ)と自分に言い聞かせて腹をくくる。
今村のスマホが震える。
松井翔がラブホに入る写メが数枚添付されている。
すぐに三田村に会う。
「お前、もう探偵社はやめてしまったけど谷崎洋子って人妻の事覚えているだろう?」
「もちろんですよ。今思い出しても勃起しそうになるくらい色っぽい女で憧れてました。」
「彼女を抱かせるからちょっと頼まれてくれないか?」
「何をすればいいんですか?」
「それより女が先だ。頼み事はその後だ。」
LINEの往復があって1時間後だ。
彼女が目の前に現れる。
入れ替わるように今村は出て行く。
「先輩、ありがとうございます。昨日は上手くいきました。事後に彼女から『君は下手だから鍛えてあげる。』ってセフレになってくれたんです。これからはいつでも会えるんです\(^o^)/ 先輩の頼みって何ですか?どんなヤバい頼みでも受けちゃいますよ(笑)」
具体的で事細かな指示の為に長文のLINEになる。
何度も書き直し間違いのない分かりやすい文面に変えていく。
意思の疎通が狂わない様読み直しを繰り返す。
「了解しました。指示通りプランを成功させます。万全を期すため7日間の猶予を下さい。」
1週間後三田村から待望の朗報が届く。
「プランは大成功です。すべて今村先輩の計画通りです。」
さらにその翌日2回目の報告が届く。
◯元カノ多香子と交際が再開。
◯元カノ多香子にバッグ(20万円)をプレゼン
ト。
◯翔が多香子に尽くすのは彼女の持っている特殊
精力剤を得る為。
◯来月の全社課長研修会に唯一係長で出席予定。
(別府温泉で社長以下重役も出席)
三田村に細かく指示を出しその特殊精力剤なるものの出所を探らせる。
3日後に報告あり。
大学時代の同級生の女の子から購入。
1錠5000円の高値だ。
卒業後多香子は貿易商社に就職し同級生の林杏は香港に帰り製薬会社に就職。
3年前、製薬会社のまだ試作品であった錠剤を10粒購入。
先月再び香港に電話したが林杏は退職。
上司の陳浩宇なる男から1錠1万円で3錠購入。
OLの多香子にはどうなるか判らない事案に投資するには3万円が限度だったか。
しかし調査の結果、金星製薬有限公司という会社は存在しない。
翌日再度三田村から報告あり。
特殊精力剤3錠は多香子相手に使い切り松井が金を出し10錠注文したが無しのつぶてだ。
どうも詐取されたようだ。
今村の期待通り結花のレスは続いている。