第30話  見果てぬ夢~男と女



       4月 11日 金曜日 午後10時50分   河添 拓也



「ふふ、最高のショータイムだ……」

典子は俺のフィニッシュに合わせるかのように、大胆に腰を突き出したまま上体を湾曲させる。

意識的なのか? それとも無意識の行為なのか?

歩道から距離を置く緑地帯の陰からでは、さすがに典子の心情まで見抜くことはできない。
それでも肩まで届く黒髪を左右に振り乱して、真っ赤に染まった顔に苦悩の表情を浮かべていれば、大凡の見当はつく。

「自分のあられもない姿を、お前は否定したいんだろう?」

風の強い夜の交差点で……
ブラもパンティーも身に着けずに……
水色のシャツの前をはだけて、太ももの半ばまでしかないミニスカートを震える指がめくり上げて……

少女を想わせる張り詰めた乳房が冷たい外気に舐められて、プルンプルンと波打たされている。
無理矢理に開かされた股間の中心で、慎ましく生える下の毛が吹き上げる風に逆撫でされている。

そうだ。お前は今、俺の命令に従って素っ裸にされるよりも恥ずかしい姿を公衆で晒しているんだ。
この1時間。どんなに悪戯な風に吹かれようが、それを誰かに覗かれようが絶対に隠すことなど許されない。

「旦那以外に見せたことがない部分を、他の連中に晒し続けるのはどんな気分だ?」

俺は携帯を耳から離したまま、交差点の向こう側でしゃがみ込んでいる女を見ていた。
全てをやり終え、力尽きたような典子がそこにいた。

背中を猫のように丸めている。
両腕ではだけた胸を抱え込んでいる。
外部との接触を絶つように顔を伏せて小さな背中を震わせている。

「恥ずかしかったか?
こんな目に合うくらいなら、死んだ方がマシだとでも思ったのか?
ふふっ、でもな……俺と組むなら、これからもっと辛い地獄へ落ちてもらうことになる。覚悟しとくんだな」

恥辱に怯える無防備な姿に刺激されて、下腹部に大量の血液が流れ込んでくる。
芽吹き始めた緑を汚しただけでは飽き足らない、俺の分身が頭をもたげ始めている。

「だが、大した女だ。お前は……
これほどの羞恥責めに合いながら、俺の言い付けに最後まで従うとはな……
ふふふっ。守るモノが出来て昔より強くなったな……典子」

誰かがネットで呟いたのだろうか?

この時間帯としては明らかに多すぎる車が、交差点を行き交い出している。
ちらほらと人影が暗がりから近づいて来る。

典子もそれに気が付いたのか、留められるボタンだけで前を隠すとゆっくりと立ち上がった。
そしてふらつく足取りのまま、青色が灯った横断歩道を渡り始めた。

「せいぜい使える踏み台になってくれよ。典子……」



俺は、女の姿が闇に溶け込むのを見届けるとコートの襟を立てた。
次第に騒がしくなりつつ交差点から逃れるように歩幅を拡げた。

「確か、ここだと掲示板に載ってたんだけどな……」
「ほんとか? その情報。またガセじゃないだろうな?」

若い男ふたりがスマホをかざしながら、俺とは逆方向に駆けて行った。
きっと今頃、低俗な性欲に駆られた連中の群れが、姿のない露出狂を探し求めていることだろう。

「一晩中そうしてろ。暇人どもが……ふふふふ」

奇妙な優越感に浸りながら、俺は再び携帯を耳に近づけた。

「よお、俺だ。こんな時間に済まんな。
……ああ……そんなところだ。
……ところで、そっちはどうだった?
今夜の反対派との話し合いは、うまくいったのか?
……ふふ、やはりな。話にならんか……
……なら仕方ない。その問題は俺の方でなんとかしてやる。
……ふふ、気にするな。
その代わり、お前には頼まれ事をひとつして欲しいんだが……
ああ、たいしたことじゃない。
ちょっとした探偵ごっこだ。
……元、興信所勤めのお前ならたやすいだろ?
……そうだ。相変わらず勘がいいな。
詳しいことは、後日にでも説明する。
……じゃあな」

通話を終えた俺は、携帯に映し出された写真を眺めていた。
典子の店の前で彼女と親しげに談笑する制服姿の少女。

まだまだ幼く華奢な身体付き。
この時期特有の、中性的な輝きを放つ表情。肢体。

だが俺の心の奥底では、一言で言い表せない黒いマグマが煮えたぎっている。
この少女。いや、彼女の父親にというべきか。

「ふふっ、これから忙しくなりそうだ」

携帯をポケットに収めた俺は、向かってくる風と喧騒に逆らうように足を速めた。
北風が音を立てて吹きつけてくる。
散々典子をいたぶった季節外れの寒気が、男女の見境も無く襲いかかってくる。

だがタクシーを呼ぶ気はなかった。
今はただ独り、無心になって歩きたい気分だった。

「コスモセンター東……か……」

見上げた俺は、信号機に設置された地名に口の端を歪めた。
そして、取り囲むように立ち並ぶ殺伐とした建物群を挑むように見つめた。

やがて、信号が赤から青へと変わる。
常に前しか向かない目線が、不意に左へ通ずる細い路地へと向けられる。
歩き始めた足が止まる。

ビルの谷間で身を寄せ合う明かりの群れ。
その中に、大切なモノと語り合う女の姿を見た気がした。
純真な女の笑顔を見た気がした。

決して壊すことの出来ない。悔しいが俺の手が届かない近くて遠い街並。
腕を伸ばして指先まで開ききっても、今は届かない見果てぬ夢。

また北風が吹きつけてきた。

「……うぅぅ。結構寒いな。露出ごっこも季節をわきまえろ……か」

自嘲気味に笑った俺は、渡るのをやめた。
代わりにタクシーを呼ぼうと手を挙げていた。







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