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第3話 青春の思い出は苦くて切ない? 3月 30日 日曜日 午後8時30分 岡本 典子 「随分と待たせるんだな。 元人妻の君なら、男の性欲もよぉーく理解しているんだろう。 なあ、我が高校始まって以来の美少女学生と噂された、坂上典子さん。いや、今は岡本典子(おかもと のりこ)だったな」 素裸の上からガウンを1枚だけ羽織った男性が、ダブルベッドに腰かけたまま手招きをしている。 不満そうで嫌みな口振りの割りには、表情にそれは見られない。 それどころか、欲しかった玩具を手に入れた子供のように、丸い目を輝かせている。 本当に私の身体が待ち遠しかったのか? それとも、羞恥心に揺れる女心を鑑賞して楽しんでいるのか? その黒い瞳は、まるで透明なフィルターに包まれているようで、そんな彼の心底を察することは、時間が経った今でもやっぱり無理だった。 そう、あの頃と同じ…… 「河添先輩……ううん、拓也先輩。 その野生の獣のように爛々と輝かせた瞳。昔と少しも変わらないのね。 あなたは、欲しいモノ、手に入れたいモノがあるとき、必ずその目をして、どんなことをしてでも手に入れようとした。 強引にでも手に入れた。 学校での地位も名声も……私の初恋も……私の初めてのモノも……」 私は、巻き付けたバスタオルの折り返し部分を握り締めたまま、男が待ち構えるベッドへと歩いて行った。 河添拓也(かわぞえ たくや) 私の高校時代の先輩で、大手金融グループ会社に勤める会社員。 年令は、私よりひとつ年上の26歳。たぶん独身。 日に焼けた浅黒い肌に、無駄な贅肉が一切見当たらない筋肉質な体型。 そう、あの頃と全然変わっていないどころか、ひと回り身体が大きくなった感じがする。 そして、顔付きも、当時の甘い少年の面影は消え去り、社会の荒波にもまれたのか、精悍な大人の男に進化していた。 高校生の頃、河添はサッカー部のエースストライカーで、私はその部のマネージャーをしていた。 勉強ができてスポーツ万能で、その上ルックスも良くて、常にクラスどころか同学年、後輩の私たち女子生徒からも憧れの存在。 対して私は、河添が言うように多少美人だったかもしれないけど、勉強も平均点ならスポーツもまあまあ。 要するに、どこにでもいる普通の女の子だった。 そんな私のどこを気に入ったのか、河添はある日突然、恋の告白をすると強引に纏わりついてきた。 当時の私は、他の女子生徒のように彼に興味があったわけではないし、そもそも性に対して少々奥手だったのか、異性への興味もあまり無いって感じで、正直最初の内は彼の行動を疎ましく思っていた。 それに私は、河添が時折見え隠れさせる野獣のような輝く目と、他と妥協することなく突き進む姿が正直言って好きにはなれなかった。 でも、結局のところ私は、彼の行動に戸惑いを覚えながらも付き合っていた。 そして、彼が高校を卒業する直前には、女の子にとって大切な思い出のヴァージンさえ捧げていた。 その後、高校を卒業し、家庭の事情で就職した私と、国立大学へと進学した河添との関係は、急速に冷え込み壊れていった。 というより、河添からの連絡が一方的に途絶えて、私は捨てられたことを意識した。 なぜ、そんな好きでもない人と付き合っていたの? なぜ、そんな好きでもない人に、女の子の証まであげてしまったの? それからしばらくの間、私は答えのない疑問に悩まされたあげく、おぼろげな答えを探しだしていた。 自分でさえ気付かなかった、淡い初恋。 それに、彼の危険な野獣の目が、いつか暴走し破滅するのを防ごうとする母性愛? ……だったのかな? って…… 「さあ、典子。久々の再開なんだ。 そんな野暮なバスタオルなんか脱ぎ捨てて、高校時代とは違う成熟した女の身体を見せてくれ。その窓際に立ってな」 「……ああ……は、はい」 私はフラフラと、足下から天井近くまでガラス張りの大きな窓へと近づいた。 こんな心理状態で…… こんなに恥辱と羞恥に追い詰められた状態で…… それでも、地上40階のホテルの一室から見る夜景は、宝石箱を散らかしたようにキラキラと輝き美しかった。 私はそんな夜の景色に背中を向けると、ベッドの上でひざを土台にして頬づえを突いている河添に視線を合わせた。 典子、しっかりね。 ゆっくりと息を吐きながら、バスタオルを握り締めていた指を引き離す。 折り返し部分を解き、着物の前をはだけるように、何も身に着けていない肌を露わにしていく。 途中、何度も腕が止まりそうになる。 ひざが震えて、しゃがみ込みそうになる。 「ああ……」って、噛み締めた前歯から悲鳴が漏れて、溜息にごまかした。 視線を逸らせば典子の負けよって、必死で自分を励まし続けた。 そして、マントのように背中だけを隠すバスタオルを静かに床に落とすと、私は、抵抗する両手の指を無理矢理揃えさせて腰の横に添えた。 前頁/次頁 |
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