第8話   忍び寄る悪夢


わたしと孝太が、市川家で暮らし始めて1週間が経っていた。
その間わたし達は、お義母さんから避けるように二人一緒に部屋に閉じこもったまま、静かに息まで殺して過ごしていた。

部屋を出るのは、食事の時とお風呂に向かう時だけ。
裸でいるよりも恥ずかしい服装をしたわたしは、お義母さんやお義父さん。それに和志さんにまでネットリとした視線を浴びながら、食事をしてお風呂にも浸かった。
絶対に離れようとしない孝太を頼もしく思いながら。

「あ、あの……遥香様、孝太様。旦那様と奥様がお呼びです」

少したどたどしい仕草で皐月さんが部屋を訪れたのは、昼食を終えてしばらくしてからだった。

「なんだろう? お姉ちゃん」

思いがけない呼び出しに、孝太が表情を曇らせている。
わたしも胸の奥に嫌なモノを感じながら、それでも孝太の手を握ると部屋を後にした。
あまり待たせると、あのお義母さんの性格だもの。
ツマラナイことで言い掛かりを付けてくるかもしれない。

わたしはハイレグカットにされたホットパンツ姿のまま、前を行く皐月さんを追った。
これがお昼間の正装として命じられているのか、全裸にフリルの付いたエプロン姿の彼女は、後ろを振り返ることもなくただ無言で先導してくれている。

前田皐月……
弥生さんの妹だと、お義母さんが教えてくれた。
因みにお姉さんの弥生さんが20才で。妹の皐月さんが遥香と同じ17才とも。

弥生さんが大人びた美人だとすると、皐月さんは愛くるしい美少女って感じかな。
すらっとしたモデル体型の弥生さんと違って、ちょっと小柄な体型もそれを助長させて見せるのかもしれない。

「あ、遥香様……その……」

そんな皐月さんが、階段の踊り場にさしかかった所で急に足を止めた。
やっぱりお尻を露出させているのが恥ずかしいのか、さり気なく左手で押さえながら、わたしを見つめた。

「旦那様や奥様になにを言われても、今は我慢してくださいね。そうしないと、あの人達は本当に怖ろしいですから」

「分かったわ、皐月さん。ありがとう、アドバイスしてくれて」

「い、いえ……わたしは……その……」

皐月さんは、Tシャツの穴から覗いている遥香のおっぱいをチラッと覗いて俯いてしまった。
そして顔をほんのりと赤くさせると、小走りに近い勢いで残りの階段を駆け下りていく。

わたしの斜め下で、
引き締まったヒップが揺れていた。
かなり薄らいできたけど、弥生さんと一緒。
残酷な鞭の傷痕を何本も刻まれた後ろ姿を晒して、あの人達に逆らえばこうなるって、身体でも教えてくれるように。

広いお屋敷の中で、同じ年の女の子との初めての会話にしては哀しい内容だった。
短すぎる言葉の往復だった。
だけど、わたしは涙が出そうなくらい嬉しかった。
だって、会う人がみんな牙を剥いてくるのに、わたし達のことを思って寄り添ってくれる人がいたなんて。

「お姉ちゃん、皐月さんっていい人みたいだね」

「孝ちゃんも、そう思う? お姉ちゃんもよ」

孝太がそっと話し掛けてきて、わたしもそっと答えていた。

住み込みで働かされて、理由は知らないけどお姉さんの弥生さんと共にエッチな服装をさせられて、夜になったら誰と? それも遥香は知らないけど男の人の相手もさせられて。
そんな皐月さんなのに。
わたし達より辛い目に会っている筈なのに。

わたしは孝太の手を引くと、階段を下りていった。
踊り場にだけ射し込んでいた暖かい陽だまりを後にすると、悪魔たちの手招きに応じるように歩幅を拡げていた。



わたしと孝太が呼びだされたのは、鈍い光沢を放つ調度品が並んだ応接室だった。
椅子もテーブルの脚にも手の込んだ彫刻が施されていて、床には毛並みの長い絨毯が。
お飾りなのか分からないけど、暖炉までしつらえてある。

そしてお義父さんとお義母さんはというと、暖炉の斜め前に置いてある革張りのソファーに腰を下ろしている。
詰めて座れば4人くらい座れそうな所を二人だけで独占して、優雅に身体を崩したままワイングラスを傾けている。
まだ太陽の明るいお昼間だというのに。

「アナタ達も少しは、ここの生活に慣れてくれたかしら?」

お義父さんに身体をしな垂れかけた姿で、お義母さんが訊いた。
応接室の入り口に立ったままのわたしと孝太に、気だるそうな目線を送ってくる。

「それで、お話とは?」

そんなお義母さんの問い掛けに答えずに、わたしは逆に訊き返していた。
ホットパンツから食み出した太股を閉じ合わせて、袖なしTシャツのシワを伸ばすフリをしながら、丸い穴から飛び出した胸の膨らみを右手でガードさせて。

「おや、ずいぶんとストレートにお聞きだね。まあ、アタシも回りくどいのは面倒だからね。単刀直入に答えてあげようじゃないか」

気だるそうだったお義母さんの両目がギラっと光ったように見える。
わたしは、ちょっと強気な物言いをしたことを早速後悔した。
寄り添っていた孝太の腕を探すと、左手で握り締める。

「遥香、お前は今夜から男の相手をしてもらうよ」

「……?!」

「ん? 若いのに耳が遠いのかい。今夜から男達と身体を使った接待をしろと言ってるんだよ。平たく言えばセックスしろってことだよ!」

お義母さんのドスの効いた声が、応接室の壁に反響した。
お義父さんがちらっとお義母さんの横顔を見ながら、グラスに入ったワインを口に含んだ。

「……嫌です……出来ません、そんなこと」

わたしはドスの効いたお義母さんの、4分の1のボリュームで言い返していた。
お義母さんの言葉が理解できなくて、1分以上間を置いて言葉の意味を噛み締めて、目の前が暗くなるのを感じながら唇を動かしていた。

「はははっ。養女の立場で引き取られて、育ての親に身体を差し出せでは、まあ、妥当な答えだな」

口に含んだワインを飲み干して、お義父さんが愉快そうに目尻を下げた。
デレっとだらしない目線でわたしの身体を往復させて、グラスに残ったワインをお義母さんに差し出した。
それはまるで、人の血液……
どす黒い赤色をしていた。



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