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第2話 新しい家 1ヶ月後、わたしと孝太の名字が変わった。 河合遥香から、市川遥香に。河合孝太から、市川孝太に。 そして、家族も変わった。 幼い頃から母子家庭で、お母さんとわたし、それに孝太の3人家族だったのに、お母さんが消えて市川のおじさんがお義父さんに、市川のおばさんがお義母さんになった。 それに会ったことはないけど、和志っていう名の大学生のお兄さんまで。 大好きだった友達ともお別れした。 親切にしてくれた近所の人達ともお別れした。 お母さんに勧められて入学した高校も退学させられた。 そして、孝太と二人でローカル電車に乗って、半日に1本しかないバスになんとか飛び乗って、3時間以上揺られて、やっと辿り着いたのは、周囲を高い山で囲まれた暗い雰囲気の漂う田舎町だった。 「市川重吉……」 わたしは大きな旅行カバンを両手にぶら下げて、大理石で作られた表札を見上げた。 山と山に挟まれて寄り添うように集まった家々は、慎ましいというか、なんというか…… お世辞にも立派なものじゃないのに、わたしの前にそびえ立つ建物だけは、他のどの建物よりも重々しくて巨大で、威圧感たっぷりに見える。 そう、まるで時代劇に登場する悪いお代官様の屋敷みたいに。 「お姉ちゃん、僕……なんだか怖い」 孝太がカバンを持ったわたしの腕にしがみ付いてきた。 この子は目が見えないのに気付いているんだ。 この屋敷から流れてくる嫌な風に。 「大丈夫よ、孝ちゃん。お姉ちゃんが付いているからね」 これ以上、孝太を怖がらせてはいけない。 わたしはそう思って明るい声で話しかけると、先端が槍のように尖った鋼鉄製の門を開けた。 鉛色の空と一緒で、憂鬱な雰囲気を漂わせているわたし達の新しいお家を目指して歩いた。 背中で、開け放たれた門が静かに閉じるのを感じながら。 「ふんっ、ずいぶんと遅かったじゃないか。こんな時間まで何をしてたんだい?」 玄関で孝太と一緒に「これからもお世話になります」って、頭を下げたわたし達に向かって、お義母さんの言葉はものすごく刺々しかった。 『よく来たわね』とか『さあ、上がりなさい』とか、そんな温かい言葉は期待していない。だけど、せっかく同じ家で暮らすんだから、普通の会話くらい…… それも期待した遥香が、まだまだ甘いのかな? 「おまけに、なんだいその荷物は? どうせまた、ガラクタでも詰め込んで来たんじゃないだろうね。うちはゴミ屋敷じゃないんだからね。もしツマラナイモノが入ってたら、すぐに捨てさせてもらうよ」 そう口にしたお義母さんの目はウンザリといった感じで、わたしがぶら下げた旅行カバンに目を落としている。 新しいお家に引っ越すんだから、本当はもっと持って来たかったのに、お母さんの思い出が詰まった家具とかはおじさんに全部処分された。 お母さんが着ていた洋服とか着物は全部、おばさんが生ごみと一緒に捨てちゃった。 残されたほんのちょっぴりの想い出を掻き集めてカバンに詰めただけなのに、これでもダメなのかな。 「弥生、ちょっとこっちへ」 わたし達が玄関にいることさえも目障りといった感じで、お義母さんはこっちを横目で睨みながら廊下の奥へ声を掛けた。 因みにお義母さんの名前は千津子といって、お父さんのお姉さんにあたる人。 年令は、わたしのお母さんより確か年上だったと思う。 でも白髪もないし、肌がピンと張っているからホントの年よりも若々しく見える。 美人というほどでもないけど、整った顔立ちで綺麗な人だと思う。 「お呼びでしょうか? 奥様」 そんなお義母さんの隣に姿を現したのは、エプロンを身に着けた若い女の人だった。 呼ばれて慌てて来たのかな? 汗ばんだ額に髪の毛が貼り付いているけど、ショートカットの髪型が似会うすごく美人なお姉さん。 女の子の遥香が言うのも変だけど、同性でもうっとりしちゃうほどスタイルも素敵。 まるでファッションモデルさんみたい。 だけど、弥生って呼ばれたお姉さんは、その美形を自慢したいのかな? 服装は、とっても大胆だった。 身体を覆うようにエプロンは着けているけど、そこから伸びる手足は素肌を覗かせたまま。 ノースリーブにミニスカート? それともホットパンツを履いているの? 綺麗な撫で肩は全部露出させてるし、太股の付け根までしかないエプロンからは、ピチピチのお肌を覗かせている。 「弥生、皐月はまだあの人と?」 「えっ……あ、はい……そうみたいです」 お義母さんは、少し苛立った感じで弥生さんに聞いた。 弥生さんはというと、ほんのりと桜色だった顔色を急に真っ赤にさせて曖昧に返事をしている。 時々、わたしと孝太に視線を向けて恥じらうようにしながら。 「まあ、いいわ。それよりも弥生、この子達を部屋まで案内なさい。ああ、荷物は持たなくていいから」 伸ばし掛けた弥生さんの手を、お義母さんが止めた。 その途端、弥生さんがとっても哀しい目をして、それを眺めているお義母さんが薄く笑った。 「ほら、さっさと案内するんだよ」 「では……こちらへ……」 唇を辛そうに動かした弥生さんは、切れ長の目を床に落としていた。 額に滲んでいた汗を玉のような大粒に変化させて、唇まで噛み締めていた。 そんなに部屋まで案内することって大変なことなの? 分からない……よく分からないけど、遥香の女の子が嫌な予感を感じて…… 「あっ! う、嘘……?!」 「どうしたの? お姉ちゃん」 わたしは思わず声を漏らして、隣にいた孝太が顔を向けた。 お義母さんが低い声で笑って、最後に絞り出すような声で弥生さんが…… 「気にしないで……お願い……」って…… 戻る/進む |
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