前編


 夢を見た。懐かしい女、高校二年生の夏から一年間つきあった久美の夢を。
 結婚するまでに何人もの女性と付き合い別れてきたが、久美ほど印象に残っている女はいない。
 今でも、時折、彼女の笑顔、哀しい顔、喘ぎ顔が脳裏に浮かぶ。
 きっと死ぬまで忘れることはないのだろう。
 そんな彼女の夢をみた。
 夢の中の彼女は何故か悲しい顔を浮かべていた。
 それから、久美のことが気になっていてもたってもいられなくなり、ついに興信所に行方調査を依頼した。

 一週間後、探偵は結果を持ってきた。
 報酬は痛手だったが、まぁ、満足できる内容だった。
 資料によると、彼女は二度離婚しており、今は独身ということだ。独身とはいえ、男と女の二人の子供がいる。長男は東京で大学二年生、長女は地元の高校に通う二年生と書いてある。
 女手一つで二人の子供を学校に通わせる、さぞかし大変なことだろうと思ったが、『クラブ胡蝶』という名のクラブのオーナーママをやっている彼女はそうでもないらしい。
 クラブのオーナー。
 そういえば、昔、真夏の夜、海岸で遠くに見える打ち上げ花火を眺めながら語り合った。
『あなたは昼の世界で成功して。わたしはこの町の夜の世界で成功するから』と。
 彼女は夢を実現したようだ。
 そういう俺はといえば、ようやく夢の端っこに到達したばかりである。市内に輸入雑貨の店を一店舗とITコンサルタント会社を一社持っている。二つの事業をやっているとはいえ、賃貸事務所は二社共通、社員総勢七人という小さな会社だ。
 あの夜、久美に語ったような大きな会社には程遠い。
 
 そして、今日、十二月二十四日、夜十時、雪が静かに降り積もる中、繁華街にある彼女の店がはいっている雑居ビルの前までやってきった。
 ビルの前でたむろしている若者達の間を通り過ぎエントランスにはいり正面のエレベーターに乗りお店がある六階のボタンをおした。
 エレベーターが六階につき、ホールに出ると、ほぼ正面に彼女の店『クラブ胡蝶』はあった。
 重厚な茶褐色の木製の看板はいかにも高級クラブという雰囲気をだしている。
 この扉の向こう側に久美が居る。
 そう思うと、心臓の鼓動が高鳴り、手の平に汗が滲んできた。
 緊張している。
 こんなに緊張したのは久しぶりだ。
 緊張感を和らげるため深呼吸をして、金メッキのドアノブを下に回してドアを開いた。
 香水の甘い香りが鼻腔にはいると同時に「いらっしゃませ」と若い女の子が笑顔で向かえてくれた。
 見たところ二十歳くらいといったとこだろうか、目のパッチリとした可愛らしい女の子だ。
「お一人でしょうか?」
「ええ、そうですけど……、一人じゃまずいですか?」
 女の目が足元から頭の先まで素早く動いた。きっと品定めされているのだろう。
「いえ、問題はございません」
 女は満面の笑顔を浮かべると、俺の背後に回り、コートの肩に手をかけた。
「コート、お預かりいたしますね」
「あぁ、お願いします」
 コートを脱ぎながら店内を窺おうとしたが、すりガラスの仕切りがあってフロアは見えない。しかし、店内のざわめきから何人かお客さんがいることがわかった。
「では、お席にご案内いたします」
 
 彼女に先導され、フロアにはいると想像していたより広い空間に驚いた。
 ざっと見て五十席はあるようだ。また、その席の八割方は埋まっており、それぞれの席には女の子が一人ついている。なかなか繁盛しているようだ。
 ボックス席に案内され、腰をおろした。
 すかさず、席に案内してくれた女の子とは違う若い女性がやってきて、傍に座った。
「はじめまして、舞と申します」
 舞というこれまた二十歳くらいに見える女の子が名刺をさしだした。
「あ、はじめまして」
「お客様は初めてですよね」
「うん」
「お飲み物は何になさいます?」
「うん、そうだね。とりあえず、ビールをもらおうか」
「はい」
 舞は明るくいい、通路の隅で待機しているウェイターに向かってビールを注文した。

 お酌されたビールで喉を潤し、舞と他愛のない会話を交わしながら、店内の中をざっと見回し久美を捜す。
「あ、そういえば、お名前、聞いてませんでしたね。差支えなければお名刺頂戴できませんでしょうか?」
「あぁ、そうだったね。これ名刺」
「わあ、すごおぃっ! 社長さんなんですね」
 舞は大きな声をだし、名刺をまじまじと見つめた。
「ははっ、社長なんてこの店では珍しいことではないだろ」
「それはそうですけど、舞、ここのお店知っているので」
「どういうふうに?」
「女性の中では有名ですよ、センスのいいものがたくさんおいてあるって」
「ありがと」
「そこの社長さんとお知り合いになれたなんて、舞、とっても嬉しいぃぃぃっ」
 舞の若さ溢れるハイテンションにはついていけそうにないな、と心の内側で苦笑したとき、高級品だと一見してわかるグレーのスーツで着飾った女性が向かってくるのが目に入った。
 その女性が久美であることは直にわかった。
 目尻に皺こそ浮かんでいるが、パッチリとした大きな瞳、ぽっちゃりとした鼻、綺麗な曲線を描く顎はあの頃とちっとも変わっていない。
「こら、こら、舞ちゃん。はじめてのお客さまに失礼ないでしょうね」
 懐かしい声音が耳に入る。
「あ、ママっ」
「すみません、ご挨拶が遅くなりました。はじめまして、私、このお店のママの久美と申します、えっ!」
 久美は自身の名刺ケースから名刺を差し出した時、俺が誰であるのか気づいたようだ。
 賑やかな店内の中、まるで二人だけの時間が止まったかように俺たちは瞬きもせずに見詰め合う。
「ママァ、どうしたんですか?」
 舞が氷のように固まっていた時にお湯をかけた。たちまち、時の氷が解けて蒸発した。
「久しぶりだね……」
「そうねぇ。何年ぶりかしら……」
「ええっ、ママのお知り合いなんですかぁぁぁっ!」
 舞がでかい声をあげたので、店内のざわめきが消え、皆の視線がこちらに集まった。
「うん、高校の時の同級生よ」
 久美が話すと再びざわめきが戻った。
(ははっ同級生か……)
 俺は元彼でなく同級生との言葉に少しショックを感じながら、鼻で笑った。
「あっ、鼻で笑ったなぁっ」
 久美が俺の革靴にヒールの先端を乗せてギュッと踏んできた。
(そういえば、こうしてよく鼻で笑って叱られたなぁ)
「ああっ、ごめん」
「もぉ、相変わらずね。ただ、太ったけどね」
「おい、おい、それは仕方がないだろっ、もぉ中年なんだから」
「いえ、いえ。それはいい訳よ。歳を重ねても、しっかりと自分を管理していれば、体型は維持できるわ。ねぇ、舞ちゃん」
 舞は久美に突然ふられて困ったような表情を浮かべた。
「昔は格好よかったのにね」
「えぇ、今はダメ?」
「うん、わたしとは釣り合わないわ」
 久美にそうきっぱりと言われて少しショックだった。
「はは」
「舞ちゃん、この人、本当に昔はかっこよかったのよ」
「はぁ」
「おい、おい、舞ちゃんが困ってるよ」
「いえ、舞は、社長さん、今もいい男だと思いますけど……素敵なオジサマって感じがして、温かそうだし……」
「舞ちゃん、お世辞なんていいのよ」
「はは、舞ちゃんは正直だねぇ、オジサマが何かご馳走してあげよう」
「あ、じゃあ、ドンぺリが飲みたいよね。ドンペリのロゼ、こちらのお、じ、さ、まにお願い。それと、グラスは三つお願いね」
 空かさず久美が横から口を出し、ウェイターにドンペリを注文した。


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