第二話

「私の名前は小坂井あやめです」

 リップクリームの塗られた少女の唇が、夜汽車の明かりに照っていた。
 俺は小坂井あやめの隣に、適当な距離感で座り込んだ。

「一人旅?」

 一人旅なの? そうなんでしょ? 俺と一緒だ。
 そんな風な仲間意識を滲ませた態度で俺は尋ねる。
 すでに俺の自己紹介は済ませて、ファーストコンタクトは上々の出来だった。
 軽いナンパ野郎のように話しかけるよりも、流れ者の刹那的な雰囲気を纏って
いた方がいいとの見込みは正解だった。
 下心は一切見せずに、今夜限りの列車旅を共に過ごす一時的な友好関係だと小
坂井あやめに思わせるように。

「尾島さんはお一人で旅をされているんですか?」
「俺はそうだね。
 旅と言っても、路銀が尽きるまで放浪しているだけなんだけどね。
 故郷もないし、親もないから」
「そうなんですか」

 小坂井あやめはなかなか自分のことを語ろうとはしなかった。
 今さっき生まれ育った故郷と親元を離れ、遠路へ続く夜行列車に乗り込んだば
かりだろうに。
 呼び水として故郷や親という語句に触れたのに、小坂井あやめは少し目を細め
ただけだった。
 その横顔を見ていると、口に出したらなおさら恋しくなるのを知っていて、黙
っているのかもしれないと思った。

「今までどんな所を旅してきたんですか?」

 旅先での思い出だとか、興味深い出会いだとか、そんなことを話してやった。

「不安や寂しさは感じませんか?」
「うーん、もしも列車に俺一人しか乗っていなかったら不安で寂しかったかもし
れない。
 けど、そんな幽霊列車には乗り合わせたことはないからね」

 幽霊だなんて信じてもいない言葉を吐く。

「ま、それでも少しそういうのを感じることはあるよ」

 先ほど小坂井あやめがしたように、目を少し細める。
 こんな他愛も無い仕草の真似っこが、一冊の本よりも強い共感を得られること
を俺は知っている。
 饒舌が嫌みにならない程度に旅の話をしてやりながら、俺と小坂井あやめたち
上京組の下車する駅がまるで違うことを匂わせ、そして俺には恋人がいると嘘を
吐いた頃から、小坂井あやめの警戒心が次第に薄れていくのがわかった。

「恋人さんはどんな人なんですか?」
「そうだな……」

 交際をしたことなどないのに、俺は前もって考えていた女性像に基づいて舌を
回した。
 馴れ初めを少々ドラマチックに盛り付けた、女にとって耳通りの良い嘘ばかり。

「私なんて夜汽車に乗るのも初めてなのに……」

 呟きながら小坂井あやめは髪を耳にかける仕草をすると、小ぶりな耳が露わに
なった。
 日焼けも知らぬ白い耳は、貧弱そうにしていながら、実に造形が細やかで、俺
は思わず息を呑んだ。
 嘘か本当かは知らないが、女の耳の細やかさは、アソコの肉襞の細やかさに通
じると聞いたことがある。
 いや、結局のところ下心が先走れば全て性的に見えてしまうものだろうが。

「小坂井さんは恋人いるの?」
「いえ、恋人なんて……」
「そうは見えないけどな。
 けっこうモテるだろうに」
「恋には憧れますよ、やっぱり女ですから。
 でも、今の世の中じゃ、恋なんて許されませんから」
「それこそ俺みたいに世捨て人にでもならないと、恋なんて、ね」
「い、いえ、そんな意味で言ったわけじゃ……っ」

 俺は本当になにげ無い素振りで小坂井あやめに顔を近づけた。
 不意打ちを食らったように目を丸くしている小坂井あやめの唇に、俺は慣れた
感じで唇を重ねた。

「ちょ……っ!」
「いいじゃない、キスくらい」
「あ、え……そんな……っ」

唇が触れたことの意味を理解すると、小坂井あやめは顔を真っ赤にして立ち上
がった。
 両手で口を押さえ、動揺を隠しきれない大きな瞳で俺をじっと見ている。
 俺はその様子に大いに戸惑ってみせてから、小坂井あやめに声を掛けようとす
る。
 しかし小坂井あやめは俺に背を向けると、小走りにラウンジ車両を去って行っ
た。

―――
――

 少しの後、ラウンジ車両に仲間二人が戻ってきた。

「確認はできた?」
「大丈夫だ」

 俺の質問に、巨漢がつまらなそうに答える。
 二人には寝台車両で、小坂井あやめの部屋を確認してもらっていた。
 小坂井あやめが部屋に戻ってくるまで立ち話をするなり、車窓の景色を眺めて
いればいいんだから、これほど簡単なことはない。

「お前の方は?」
「大丈夫に決まってるだろ」

 巨漢が精力剤入りの瓶を一本寄越す。
 すでに巨漢は精力剤を飲んだ後のようで、近寄られると男臭い熱気が伝わって
くる。
 副作用の目の充血と表情筋の強張りも現れており、こいつまたか……と思って
俺は指を一本立ててみる。

「いや、二本飲んだ」
「お前の体格なら三本でも行けるかもしれないが、相手を考えろよ?
 三人を相手にするのだって苦しそうだぞ?」
「なんだ、お喋りが過ぎて情が移ったのか?」

 パンプアップしたように筋肉を膨れあがらせている巨漢。
 それでいて巨漢は俺の労をねぎらうようなことを言う。

「いつも女に声を掛ける役目を押しつけて悪いな」
「気にするな、こんなことしか俺にはできないし」
「……お前だけは人間らしさを取り戻せそうだよな」

 巨漢は俺の肩に手を乗せた。
 その分厚いステーキ肉を思わせる巨漢の手は、やたらねっとりと俺の肩を撫で
た。

「喋り疲れたろう? 飲めよ」
「ま、確かに喉は渇いたしな」

 俺は瓶をあおった。

「実行は三十分後だ。
 俺はあの女気に入ったぜ。今夜は夜通し姦通させてもらいたいもんだ」

 巨漢は血走った目を寝台車両の方へ向ける。
 俺は小坂井あやめと巨漢との暴力的な体格差を思い、少しだけ小坂井あやめに
同情しつつも、夜行列車のガタンゴトンという走行音を子守歌のように聴いてい
た。


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